第14話 少女たちの恥ずかしい秘密

文字数 1,681文字

私ね……普通の女の子じゃないの。
それは知ってる。

 思わず吹き出した。

 今さら言われるほどのことでもない。

 

真面目に聞いて!
これ以上は……無理だよ。

 紫衣里は怒りだしたが、別に畏まることもない気がした。

 今までいろんなことがあったのだ。

 これ以上、何を言われようと驚くことはない……たぶん。

 

じゃあ……私が1人じゃないって言っても?
だって、僕がいる。

 また、分かり切ったことを言う。

 それなのに、どうも話がちぐはぐな気がした。

 でも、どこがどう噛み合わないのか分からない。

 

そうじゃなくて。

 機嫌を損ねるかと思ったが、紫衣里は悪戯っぽく笑った。

 それだけに、僕は思わず息を呑んだ。腹に一物あるような気がしたのだ。

……何?

 努めて平静を装ってはみたが、自分でも顔が引きつっているのがわかった。

 どうしてどうしてこの娘、人の気持ちをなかなか巧みに振り回してくれる。

 僕たちは、しばらく笑顔で見つめ合った。

 僕は紫衣里の腹の内を探っていたのだが、紫衣里のほうはたぶん、僕の度肝を抜くために呼吸を図っていたのだろう。

 やがて、その「普通じゃない」少女は、ようやくのことで口を開いた。

……私があと何人もいるっていったら、どうする?
……はい?

 どうもしない。

 僕の人生は終わりだ……いろんな意味で。

 確かに紫衣里は可愛いけど、同じ顔がいくつも目の前に並んでいたら、僕は引く。

 いや……これだけ食う娘があと何人もいたら、とても養えやしない。

 中東のハーレムがなぜ生まれたか、何となく分かった。

 あれは、財力のある男が女たちの面倒を見るシステムなのだ。

そういう意味じゃなくて。

 僕が一瞬で考えたことをどこまで察したのかは知らないが、紫衣里は笑いをこらえながら言った。

 誤解でよかった。これで話を冷静に聞ける。

分かった分かった……たいへんなことなんだ、ってことまでは。
そう、たいへんな身の上なの、私。

 最初に聞いておかなくちゃいけないことだった。米櫃が空になる前に。

 こんなかわいい子と2人きりで暮らせることに、有頂天になっていた僕がバカだったのだ。

笑って言うことじゃないんだよね、たぶん。

 自分自身と紫衣里のこれからを思って、僕はため息をついた。

 おもむろに頷いた謎の美少女は、再び豊かな胸元に手をやった。

 もっとも、その谷間に吸い込まれるような目など、もはや持ち合わせてはいない。

もちろん。

 僕の目の前で揺れているのは、あの銀色のスプーンだった。

 その向こうには、まっすぐな目をした紫衣里の笑顔がある。

……これのせい?

 何となく、事の次第が分かってきた僕は居住まいを正した。

 シラノを操る僕の反応速度をこれまでになく高めたあの音が、脳裏によみがえる。

 間違いなく、このスプーンの音だ。

 ただのお守りなわけがない。 

そう……これを持ってる女の子が、何人もいるの。世界中に。
 笑顔の割には低い声が、紫衣里に隠された……というか聞こうと思えばいつでも聞けたことを今、ようやく語り始めた。
いったい、何なんだ……これ?
よく分かんない……私にも。ただ……分かるでしょ? 

 傍から聞いたら何のことやらさっぱりだろう。

 だが、僕の心は疼いていた。

 紫衣里は笑顔のままだ。だが、見れば分かる。

 その奥には、何か言葉にできないことが潜んでいた。

そんなに?
う~ん……持ってるだけで、お腹空いちゃうぐらい、かな?

 紫衣里はおどけてみせたが、たぶん、腹が減るどころの問題じゃない。

 今朝のアレは尋常じゃなかった。放っておいたら、死んでしまうんじゃないかと思ったくらいだ。

 

 

もしかして、それ……。
言ったら怒るからね。

 キッと睨まれて、僕はすくみ上がってみせた。

 図星を突かれたらしく、結構、本気でムキになっている。やっぱり、そこは女の子だ。

はいはい……。

 たかがスプーン1つとはいえ、あれだけの力を持つ代物だ。

 持ち歩いて、タダで済むわけがない。たぶん、物凄い体力と精神力を消耗するのだ。

 紫衣里の大食らいは、それを補うためのものなのだろう。

私だけじゃないんだから。

そっちかよ。

 そういえば、そうだった。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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