第38話 夢の終わり

文字数 1,545文字

どうしたハセオ君、3本目だ!

 まるで『ハムレット』の中のセリフだ。

 それならば、僕も受けて立つしかない。

言うじゃないか、かかって来い!

 決断なんかどうだっていい。

 今、肝心なのは、この勝負に生きることだ。

 確かに相手は強敵だが、勝つための策はまだある。

 第3ラウンドが始まった瞬間に、その全てがかかっていた。




これで決まりだ!
  シラノがマントを投げたのと、再びレイアーティーズが跳躍したのは、ほとんど同時だった。
長いマントを投げ捨てて(ジェテ・モン・ロン・マント)……」!
復讐するは我にあり!(ヴェンジェンス・イズ・マイン)!」

 彼に、一度見た技は通用しない。

 フィービーに使った技が、その瞬間に読まれるのは計算のうちだった。

 レイアーティーズの振り上げた剣が、落下の勢いを伴って降ってくる。

 その技が決まるか決まらないかのときに、僕の狙いがあった。

(命中の直前を、狙う!)

 その時の隙が、いちばん大きい。

 マントでフェイントをかけたのは、大技を使わせて、このチャンスを掴むためだ。

 だが。

……遅い!

 間に合わなかった。

 レイアーティーズの剣を真っ向から浴びたシラノの脳天から、血飛沫がほとばしる。

 頭上の窓から材木を落とされるという、原始的な罠で致命傷を負った原作と同じように。

(ダメか……)

 急に、目の前の相手が大きく見え始めた。 

 本当に戦っているのは画面の中のレイアーティーズだ。

 だが、それを操るプレイヤー自身が、双剣を手に僕のほうへと歩み寄っているような気がする。

さあ、どうするハセオ君!

 それはライバルとしての、叱咤の言葉だった。

 だが、指が動かない。

 これほどの使い手を前に、小賢しいトリックを使おうとした僕がバカだったのだ。

 いや、この大会に臨んだこと自体が思い上がりだったのかもしれない。

(動け……シラノ! 動け……この指!)

 信じられないことだが、たかが指一本が動かなかった。

 凄まじい速さで双剣を振るうレイアーティーズの猛攻を前に、防御の姿勢を取るのが精一杯だった。

では、これで終わりだ……君には失望した。
 最後の通告を前に、僕は覚悟を決めた。
 しかし。
……え?
 客席で微かに揺れる光を、僕は見逃さなかった。
 涼しい音が微かに聞こえる。
……。
 それは、紫衣里の祈りにも聞こえた。
いけない、紫衣里!

 そう言いながらも、身体の中に燃え上がった何かを抑えることはできなかった。

 僕の意識の奥底に眠る獣が、目を覚ます。

 自分でも何をやっているのか分からないままに、シラノ・ド・ベルジュラックが動き出す。

そうだ、それでいい、ハセオ君!

 防御しても出遅れた分、ダメージは大きい。でも、起死回生の技はある。

伊達男の心意気(ル・クール・デュ・ベラトル)!」

 シラノが羽根帽子を跳ね上げると、包帯を巻かれた血染めの頭が剥き出しになった。

 そこを狙って、レイアーティーズも反撃に出る。

誇りなき毒刃(ポイゾナス・ブレード・ウィゾート・プライド)」!
……遅い!

 攻守は逆転した。

 この技は、体力がなくなる寸前の状態でしか使えない。

 そこを見切らなけれえば使えない分、威力は絶大なのだ。

……鮮やか。

 決死の剣に貫かれたレイアーティーズが、ばったりと倒れる。

 最後の力を使い果たして崩れ落ちたシラノの身体の上に、ふわりと羽根帽子が落ちてきた。

これが……シラノ・サヴィニアン・エルキュール・ド・ベルジュラックの羽根飾り(こころいき)さ。

 わっと賞賛の歓声が上がる。

 そのとき、夢のような死闘の終焉に酔いしれていた僕は我に返った。

紫衣里!

 その姿はもう、観客席にはない。

 白いブラウスの少女を探して、僕はステージから飛び降りた。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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