第24話 彼女と僕、それぞれの決断
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それは、僕のために破られた。いや、紫衣里が破ってくれたのだ。
僕を、あの老人に勝たせるためにスプーンを使ったのだとすれば、僕との出会いが危機を招いたことになる。
紫衣里がいれば、何もいらない。
それでも、低く囁く声が僕を迷わせた。
勝負に熱くなって、何かの間違いで紫衣里にスプーンを使わせることにでもなったら……。
だが、そのスプーンについても、その声は僕をからかっているかのように聞こえた。
紫衣里は、さらに悪戯っぽく笑ってみせた。
もちろん、それはウソだ。
たぶん、紫衣里は佐藤の申し出を聞いた僕の興奮を知っている。
その余韻はまだ残っていたが、さっさと拭い去らなくてはいけなかった。
無理をさせるつもりはない。紫衣里には紫衣里の考え方があるはずだ。
だが、たしなめたつもりが、たしなめられたのは僕のほうだった。
本当の気持ちに従えと言っているのだ、紫衣里は。
いったんはe-スポーツを捨てると決めたのだから、それを易々と覆すことはできなかった。
それでも、紫衣里は僕を真面目な顔で見つめて言った。
このe-スポーツの世界大会で優勝しさえすれば、諦めかけたものも含めて、全てが手に入る。
僕の将来も、紫衣里との生活も。
都合のいい申し出にホイホイ飛びつくようで、どうも抵抗がある。
口ごもっていると、紫衣里は更に押してきた。
そこまでして、紫衣里は戦う僕が見たいのだ。ちょっと考え直してみる。
たしかに、佐藤に協力すれば世界中で多くの人が救われるのだ。
でも、あのスプーンを守ってきた紫衣里のプライドは深く傷つくことだろう。
立ち上がって食器のトレイを返しに行こうとしていた紫衣里は、怖い顔で僕を睨んだ。
そういえば、板野さんが修学旅行費の援助を断ったのを紫衣里は知らない。
だが、それを告げても、何だか戦わない言い訳にしかならないような気がした。
僕は無言のまま、その場に立ちすくんだ。
そのくらい造作もない。バイト料も増える。
僕は少しも困らなかったが、さらに、店長は僕に向かって手を合わせた。