第23話 フードコートファイト!

文字数 1,438文字

じゃあ、お断りします。
 きっぱりと言い切った紫衣里に、佐藤は肩をすくめた。
おやおや……意外に冷たいんですね。
 僕がなかなか反論しづらかった話を、紫衣里は短い言葉で冷ややかにひっくり返した。
そう、世界中にいます……あなたの言った不幸をもたらす人たちも。

 穏やかな言い方だったが、これは明らかな挑発だった。

 アルファレイドはあくまでも複合企業体であって、慈善団体ではないのだ。

 もっとも、そこは佐藤も営業屋である。

 

できないことより、まず、できることからとりかかりませんか?

 一歩も引けないところを、やんわりと押し返してみせる。

 ところが紫衣里の目つきは、急に険しくなった。

で……この人に目をつけたんですね。

 いつになく低い、凄みのある声だった。

 それでも、佐藤は怯んだ様子もない。

そう思われるんでしたら、別に言い訳はいたしません。
……何の話?

 僕に関係する話を、本人を脇に置いて険悪な雰囲気の中で交わされてもリアクションに困る。

 そこでようやく、佐藤は僕に水を向けた。

<リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ>に出ていただけませんか?
……え? ……え?

 ますますわけが分からない。それと紫衣里と、どういう関係があるのか?

 僕がその申し出の真意を掴みかねているのを見て取ったのか、佐藤はあの慇懃な口調で告げた。

いかがでしょう、この大会で優勝したら、私どもが奨学金という形で、プロを目指すための諸経費を負担するというのは?

 残念だが、その申し出はちょっと遅かった。

 僕にもう、その気はない。

 だが、どうしたわけか、即答でNOの返事をすることはできなかった。

紫衣里……。

 情けない話だったが、僕は紫衣里がきっぱり協力を断ってくれるのを期待していた。

 ところが、ちらりと見やった先では、紫衣里があさっての方向を眺めている。

 その先には、さっき佐藤がワンタンメンを注文した中華料理の店があった。

宜しければ、私の奢りで……。
おい……。

 呆れるほど分かり易い買収だった。

 さっき佐藤が申し出た取引と比べたら、問題にならないくらいに稚拙なやり方だ。

 まともに考えたら、バカにするなと一蹴するところなのだが……。

チャーシューメン大盛りで。チャーハンつけて。
では、ただいま。
……おい!

 もう笑うしかない僕のツッコミを後にして、佐藤はそそくさと食券を買いに行った。

 残された紫衣里は、今度は黙ったまま、隣の席からじっと僕を見つめている。

どうしたい……?
 食事時が過ぎて客が減ってきたせいか、そんなに待たされることも呼び出しもなく、佐藤はチャーハンと大盛りのチャーシューメンをトレイに乗せて戻ってきた。
どうぞ。ささやかな賄賂です。
苦しゅうない。

 そういうなり、紫衣里はものすごい勢いで大盛りのラーメンをすすりはじめた。

 さっきの質問に、僕はまだ返事できないでいるのに。

(……任せる、ということか)
さて……。

 佐藤は席に着こうともしないで、僕を見つめている。返事を急かしているのだろう。

 銭金の問題じゃなかった。僕の身体の中で、熱いものが駆けめぐっている。

 もとより、佐藤と取引なんかする気はない。そうなれば、これは挑戦だった。

 世界のプレイヤー相手に勝ち抜いてみせろという……。

少し、時間をくださいませんか。

……。

 答える僕を、丼を両手で口に運ぶ紫衣里が横目で見る。ガラスの瞳はやっぱり澄み渡っていた。
では、1週間後に。
 佐藤は名刺を置いて席を立つと、ショッピングモールの人混みの中へ消えた。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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