第40話 残されたいくつかの謎

文字数 1,349文字

 そして、2ケ月が過ぎた。

 10月も半ばを過ぎた週末、板野さんはゲームセンターのアルバイトを早めに終えた。

お土産買ってきますね!

 次の日から始まる修学旅行の準備に、元気よく駆け出していく。

 その後ろ姿を見送るのは、背広姿の佐藤さんだった。

これで……良かったんです。

 吐き捨てるように言う割に、顔は清々しく笑っている。

 その事情を知っているただ1人の人物として、僕は尋ねた。

どうなさるんですか? これから。
私をクビにした人が、それ言いますかね?

 その顔は、やっぱり笑っている。

 肩をすくめておどけてみせるなり、佐藤さんは店長に頭を下げた。

いえいえ、私なんかにそんな……。

 もうへりくだる必要なんかないのだが、つい腰が低くなるのは店長の人柄なのだろう。

 佐藤さんはというと、相変わらず慇懃だが、無礼さは感じられなくなっていた。

とりあえず、長谷尾さんの優勝、おめでとうございます。
ああ、わざわざご丁寧にありがとうございます。

 店長もおどおどと頭を下げる。

 佐藤さんは両手を振ってみせるが、その笑いはどこか自嘲的に皮肉だった。

いえいえ、私どもの懐が痛んだわけではありませんので。

 この期に及んでも「私ども」というのは癖なのか、それともかつての地位への未練なのか。

 いずれにせよ、佐藤さんはもう、紫衣里を手中に収めようとしていた世界的コングロマリット「アルファレイド」とは何の関わりもない。

そんな、このたびは大変お世話になりまして……。客もたいへん増えました。

 店長が振り向いた先には、<リタレスティック・バウト>の順番待ちの客が、プレイ中のゲーム画面に歓声を上げている。

 そのスクリーンの前には、小さな写真が小さなイーゼルに架けられている。

 もちろん、あの大会の記念写真だが、大きな優勝カップを持って映っているのは僕ではない。

 

あれ……意味なかったんじゃないですか?

 佐藤さんは、怪訝そうに尋ねた。

 これについては、愛想笑いをするしかない。僕も、ちょっとやり過ぎたと思っている。

迷惑でした? やっぱり。

 実を言うと、この店の売り文句は、「優勝者出ました」ではない。

 そんなことをされたら、ショッピングモールの出入り口にある宝くじ売り場みたいでみっともない。

 それでは何かというと……。

 これはこれで恥ずかしい張り紙が、<リタレスティック・バウト>の画面の上に横たわっている。

おめでとう、「無冠の帝王」長谷尾英輔君。

 以前の慇懃無礼な口調で改めて祝辞を述べてくる。

 これには閉口した。

 そもそも張り紙自体、店長が「やる」と言って聞かなかったものなので、どうしようもなかったのだ。

いや、あれは魔が差したっていうのか若気の至りっていうのか……。

 もう、笑ってごまかすしかなかった。

 佐藤さんも笑っていたが、目は笑っていなかった。

少なくとも、あそこで優勝を辞退して喜んだ人は誰もおりませんでした。

 そこで、僕の頭をかすめた考えが1つだけあった。

 あの老人が去って、頭が冷えた後からずっと気になっていたことだった。

まさか、紫衣里のためにこの大会を……。
どうぞ、お気遣いなさらず。

 苦笑しながら冷ややかに言い放つと、「アルファレイドの職員」として最後の役割を終えた佐藤さんは、すたすたとゲームセンターから去っていった。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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