第13話 衣食に関するリアルな悩み・告白編

文字数 1,590文字

 納豆を啜って寝た翌朝のことだった。
紫衣里……。
あ……ん……。
紫衣里……紫衣里……紫衣里……!
くぅ……あ……!
紫衣里! シエリ!
あ……!

 紫衣里は、そのまま力尽きて布団の上に果てた。

 僕も、床の上に転がる。

何だよ、ひと晩くらいこらえろって……。
ダメ……もう私……ちゃんと買ってきて。
分かったよ……。ちょっとの間だけど、我慢してくれよ。
うん……待ってる。

 僕はファスナーの開いた寝袋から跳ね起きると、大急ぎでTシャツと短パンに着替えた。

 果てしなく軽くなった財布をポケットに、最寄りのコンビニへと走る。

 まだ、スーパーは開いていなかったからだ。

ほら、食え!

ありがと……。

 目をしょぼつかせながら、紫衣里はずるずると布団から這い出した。

 さすがに下着一枚で寝かすのはアレなので、白地に青のストライプが入ったパジャマの上下は買ってある。結構高かったが、それがこのアパートの台所にトドメを刺した最終要因でもあった。

 そして、微かに残った息の根は今、紫衣里の胃袋に収まろうとしていた。

 

ゆっくり食えよ……。
ん……ふぐう、ふ……。
 梅とおかかと鶉卵のバクダンおにぎりが1つ、意に溜まりそうなものをと思って買ってきたカレーパンとピロシキが1つずつ、思い切って買った照り焼きチキンが2ℓ入りのウーロン茶で一気に、可愛らしい唇の奥へと流し込まれていった。
これで……いいか?
とりあえず。

 何事もなかったような顔をして、それはないんじゃないかとさすがに思った。

 これで、財布は完全に底を尽いた。怒る気力もない、というか、どうしても紫衣里に強く出られない。

 そんな僕は甘いと、自分でも思う。

ごちそうさまは?

 こう言うのがせいぜいのところだ。

 紫衣里はというと、今気づいたとでもいうような顔で、ちょこんと正座した。

ごちそうさまでした!
いえいえ、お粗末様でした……。

 いや、お粗末なのは僕の懐だった。

 もう、1円もない。

 ここで紫衣里と一緒に生きていくためには、たった1つしか方法がなかった。

ごめんね……。
気にすんな。

 紫衣里が気にしてくれただけで充分だった。

 あの12万円のせいでいろいろと気まずいが、背に腹は代えられない。

 今日にでも、頭を下げてシフトを入れに行くつもりだった。

ごめんね……。

 この辺の事情は、紫衣里も察してくれていたようだった。

 だが、俺には紫衣里を責める気はない。恩を着せる気もない。

まあ、なんとかなるさ。

 もしかしたらクビになってるかもしれなかったが、そのときはそのときだった。

 もう、あの12万円に未練はない。

 だが、紫衣里が気にしていたのは、そこではなかった。

迷惑なら、いつでもスプーン鳴らすから。
スプーン?

 紫衣里がパジャマの胸元を開いたのを見て、僕は思わず目をそらした。

 だが、紫衣里は硬い声で囁く。


見て……。
いや……ダメだよ、そんなの……。
 と、きれいごとを言いながらも目がそっちを見てしまうのは、悲しい男の性(セイではない! サガだ!)と言わざるを得ない。
これ……。
……え?

 どうも心配して……というかちょっと期待していたのとは違う展開だった。

 拍子抜けして勢いも削がれ、ぽかんとしている僕につきつけられたものがある。

それでいいなら……鳴らすよ。
 紫衣里の指先に吊るされた銀のスプーンが、冷たく輝いている。
ダメだ。

 僕は即答した。

……どうして?
 真面目な顔で睨みつける紫衣里に、僕は真っ向から答えた。
いつまでも、君と一緒にいたい。

 金が欲しかったら、働けばいい。それだけのことだ。

無理……。


 力なくつぶやく紫衣里に、僕は告白の勢いに任せて言い切った。
やる! ……やってみせる!

 実をいうと、もうe-スポーツのプロになることなんかどうでもよくなっていた。

 何なら、高校を辞めて紫衣里のために働いたっていい。

 だが、そこまで覚悟を決めた僕への返事は、予想を遥かに超えていた。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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