第11話 衣食に関するリアルな悩み・衣服編
文字数 1,394文字
僕の切実な願いを、紫衣里は聞いてくれなかった。
焦らすのも、たいがいにしてほしい。
我慢の限界まで来ている僕を、紫衣里は無邪気な笑いでからかった。
そう言われると、余計にいきり立たないではいられない。
僕の心配など全く気にも留めない様子で、衣擦れの音を立ててみせる。
その瞬間、僕の理性は吹き飛んだ。
店長や板野さんとあんなことがあったので、バイト先に顔を出すのは、ちょっと気が引けた。
ゲームセンターのあるショッピングモールからだいぶ離れたところに行けば、大型スーパーはある。
紫衣里との生活を続けているうちに、いい加減、着替えその他の洗濯が間に合わなくなってきていた。
僕はとりあえず、これから必要になりそうなものは、ここで買うことにしたのだった。
あちこちから聞こえる囁きと、どこからともなく突き刺さる視線が、痛い。
このままでは、冗談抜きで警察に通報されかねない。
見るからにぶかぶかの、僕の服を着た紫衣里が試着室から現れた。
僕は商品を持った紫衣里の手を引っ掴んでレジに走り、そのままバイトっぽいおばちゃんに突き出す。
そろそろ底を尽きはじめている現金を、財布から抜き出して支払う。
店から出てしばらく歩いたところで、僕はつぶやいた。
左右の手は、衣料やら食料品やらを詰めこんだ特大のレジ袋で塞がっている。
なにしろ、これまでも毎朝毎晩、シャワーを浴びた後は僕のぶかぶかの服を着ていたのだから。
おまけに佐藤と勝負した次の日、僕は店長にあの12万円を「期限なしで貸すだけだ」と押し付けたのだった。それっきり、顔も出しづらくなって、しばらくアルバイトを休むことにしていた。
男の一人住まいのアパートでは、一張羅の下着を洗っては干す場所やサイクルにも限界がある。
とうとう、ぶかぶかの服の下は何も付けられなくなってしまった。
顔が火照る思いで、一緒に下着を買いに行かなくてはならなかったのはそういうわけだった。
男の煩悩を払うには、いいかもしれない。
僕は両手で荷物を下げた不格好な姿で、お寺の門をくぐった。
紫衣里がバチ当たりなことを言ったのは、境内にある傾いだ松の枝のことだ。
下から見ると空に浮かんでいるような緑が、夏の光に眩しい。青空の下で、僕の服を不格好に着た紫衣里の白い肌はやっぱりよく映えた。