第11話 衣食に関するリアルな悩み・衣服編

文字数 1,394文字

あのさ……早くしてくれないかな。
……無理言わないでよ。

 僕の切実な願いを、紫衣里は聞いてくれなかった。

 焦らすのも、たいがいにしてほしい。

……もう、待てないよ。
……女の子にもね、それなりの準備ってものがあるの。
分かってるだろ……僕の気持ちも考えてよ。
ふふ……せっかちなんだから。

 我慢の限界まで来ている僕を、紫衣里は無邪気な笑いでからかった。

 そう言われると、余計にいきり立たないではいられない。

そんなこと言われたって……分かんないだろ、男なんだから。
心配しないで……私なら、大丈夫だから。

 僕の心配など全く気にも留めない様子で、衣擦れの音を立ててみせる。

 その瞬間、僕の理性は吹き飛んだ。

 

だったら自分の下着のサイズくらい把握してろよ!

 店長や板野さんとあんなことがあったので、バイト先に顔を出すのは、ちょっと気が引けた。

 ゲームセンターのあるショッピングモールからだいぶ離れたところに行けば、大型スーパーはある。

 紫衣里との生活を続けているうちに、いい加減、着替えその他の洗濯が間に合わなくなってきていた。

 僕はとりあえず、これから必要になりそうなものは、ここで買うことにしたのだった。

やだ……何アレ……。
変態よ、変態……。

 あちこちから聞こえる囁きと、どこからともなく突き刺さる視線が、痛い。

 このままでは、冗談抜きで警察に通報されかねない。

早くしてくれ……。
お待たせ~!

 見るからにぶかぶかの、僕の服を着た紫衣里が試着室から現れた。

 僕は商品を持った紫衣里の手を引っ掴んでレジに走り、そのままバイトっぽいおばちゃんに突き出す。

あ、コレ僕の妹です妹なんです妹、はははは……。
……?

 そろそろ底を尽きはじめている現金を、財布から抜き出して支払う。


行くぞ!
え……?
 紫衣里の手を引いたまま、僕は猛然たるダッシュで女性下着売り場から逃げ出した。
もう、このくらいでいいだろ……。

 店から出てしばらく歩いたところで、僕はつぶやいた。

 左右の手は、衣料やら食料品やらを詰めこんだ特大のレジ袋で塞がっている。

汗かいちゃったね……帰ってからシャワー浴びよっか。
はいはいご自由に!

 なにしろ、これまでも毎朝毎晩、シャワーを浴びた後は僕のぶかぶかの服を着ていたのだから。

 おまけに佐藤と勝負した次の日、僕は店長にあの12万円を「期限なしで貸すだけだ」と押し付けたのだった。それっきり、顔も出しづらくなって、しばらくアルバイトを休むことにしていた。


思えばこの数日、理性を保つのは大変だった……)

 男の一人住まいのアパートでは、一張羅の下着を洗っては干す場所やサイクルにも限界がある。

 とうとう、ぶかぶかの服の下は何も付けられなくなってしまった。

 顔が火照る思いで、一緒に下着を買いに行かなくてはならなかったのはそういうわけだった。

へえ、こんなところがあったんだ……。
 紫衣里が急に立ち止まって覗きこんだのは、大きな鐘撞き堂がある、古い寺の境内だった。
……入ってみる?

 男の煩悩を払うには、いいかもしれない。

 僕は両手で荷物を下げた不格好な姿で、お寺の門をくぐった。

あ、何この木、何この木、変、変、変……!

 紫衣里がバチ当たりなことを言ったのは、境内にある傾いだ松の枝のことだ。

 下から見ると空に浮かんでいるような緑が、夏の光に眩しい。青空の下で、僕の服を不格好に着た紫衣里の白い肌はやっぱりよく映えた。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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