第7話 もうひとりの、気になる彼女

文字数 1,066文字

数日後。
すいません店長、この日と……この日もバイト入っていいですか?
 もう、限界だった。毎日フルタイムでバイトしないと、食費だけで人生が終わりそうだった。
何があったの? なんか疲れてるよ。
いえ、あの、もう……疲れてないです、全然。
そう……? その子は?
 アルバイトについてくるようになった紫衣里は、やりもしないゲーム機の前にちょこんと座っていた。
……?
 澄んだ瞳がじっと見つめているのが分かる。
……彼女?
あ、その、いえ……。
 紫衣里のまなざしを感じて、僕は大事な話の最中でもしどろもどろになった。

まあ……長谷尾君がシフト増やすのは、いいんだけど……ね。

 そう言う店長の歯切れも悪い。アルバイトがもう1人いるからだ。

 限界があるのは、店長も同じことだ。それほど流行っているゲームセンターでもない。

 1日にアルバイトは2人もいらなかった。

あ、アタシは別にいいんです。

 坂野(いたの)星美(ほしみ)。別の高校に通う2年生だ。

 早めに出勤して次のシフトを待つ彼女にそう言われて、僕は曖昧に微笑む紫衣里の顔を見た。

……。
……。
 曇りのない瞳にたしなめられたようで、胸が痛む。板野さんはつらい事情を抱えているのだ。
星美ちゃんが困るでしょうに……。

 情にもろい店長が、おずおずと僕に言った。

 板野さんのところは母子家庭で、生活は結構苦しいらしい。それでも無理して、遠くに見える金華山のふもとにある中高一貫の私学に編入したのは、中学でいじめに遭ったからだ。

いいんです、学校は通えてますから。

 板野さんは健気に言ったが、このアルバイトも実は校則違反だ。

 学校から離れたところでこっそり働く彼女を、店長は巧みに隠している。

長谷尾くん……。
 そこには、僕に分別を促す無言の圧力がある。
……すみません。
 確かに、このアルバイトはもともと修学旅行の資金稼ぎにすぎなかったらしい。

 だが、それでも胸が痛むのは、僕の良心がうずくからだ。

 一生に一度となる修学旅行を取り上げるわけにはいかない。

あ、長谷尾さん、私のことなら……。

 板野さんはというと、僕のことも気にしてくれていた。

 でも、僕はというと、紫衣里の表情が気になって仕方がなかった。

……あの。
……。
 紫衣里は、ついと席を立ったところだった。
すみません、ちょっと休憩ください。
あの……長谷尾さん?

 休憩もなにも、もうすぐ午前中のシフトは終わりだ。

 ここぞとばかりに店長は言った。

ああ……じゃあ、今日はもういいよ、星美ちゃん入って。
はい!
 店の奥へ駆け込む板野の声を背中で聞きながら、僕は紫衣里の後を追った。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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