第4話 大鼻の剣士と大ぼら吹きの男爵と

文字数 1,212文字

 黒髪の少女が見守る前で、僕と老人の勝負が始まった。
……。
 意外にもこの老人、なかなかの使い手だった。
……強い!
侮れないでょう、「ほら男爵」といえども。

 老人が操るのは、耳元の髪を盛大にカールした、鉄帽子の痩せた爺さんだった。

 ビュルガー『ほら男爵の冒険』の主人公、ミュンヒハウゼン男爵である。

 画面のあちこちに現れては消え、シラノの死角からサーベルを振るう。


まだまだ、この程度で!

 ミュンヒハウゼン男爵と交差したシラノはダメージを受けながらも、あさっての方向へ剣の連撃を縦横無尽に繰り出す。

亡霊なんかこわくない(マルグレ・レ・ファントメ)!」

 ほら男爵は姿のない相手に正面から不意打ちをくらって、その場に倒れる。

 まずは1勝だった。

お手並み拝見いたしました……では。

 第2ラウンドが始まるなり、ほら男爵の「猛攻」が始まった。

 地面に潜って足を引っ張り、空中から大根やニンジンの雨を降らせ、シラノを翻弄する。

 その都度、反撃はするのだがカウンターで食らうダメージも半端ではない。

 結局、画面には「TIME UP!」の文字が浮かんだ。

え……引き分けじゃない?

 お互いの体力は、ゲージの端ぎりぎりまで減っている。

 だが、コンピューターは、その僅かな差でミュンヒハウゼン男爵の勝利を告げた。 

寿命が縮みましたよ……お見事。
くっ……。
 あの少女はと見ると、無言で画面を見つめていた。
……。
 侮れないと体で感じた僕は、3本目が始まって間もなく速攻を掛けた。
うおおおおお!
 だけど、この爺さんも負けてはいない。
やれやれ……お若うございますな……では!
 自分の髪を掴んだドイツの「ほら男爵」ミュンヒハウゼンは自分の身体を高々と持ち上げて、フランスの剣豪詩人シラノ・ド・ベルジュラックが絶え間なく放つ剣をかわす。
……な、何?
 ……かと思うと、突然現れた大砲の弾に乗って飛んでくる!
 ……そんな!
……。
 回避と必殺技の鮮やかな連続を見せたそのとき、老人が一瞬、僕に顔を向けた。
 目が、真っ赤に燃えている。まるで、悪魔か魔神のように。
 一瞬、恐怖で指先ばかりか、身体までが凍りついた。
(……負ける!)
 そう思ったときだ。
 澄み渡る音がゲームセンターの騒音を鎮め、濁った空気を浄化したような気がした。
……。
 ガラスの瞳が見つめているのが、背中で分かった。
 耳の中で鳴り響く涼やかな音……。
(……あの……銀のスプーンか?)
 青空の下の高原で、爽やかな風に吹かれているような気がする。
(……負けられない! 負けるわけがない!)
 そんな気がしたとき、僕の頭の中に火花が走った。指先に戻った力で、コントローラーにコマンドを叩きこむ。
(どんなヤツが相手だって……!)
 僕の思いが、シラノの声となって響き渡る。
百人相手の決闘(コンバタントル・サン・ぺルソンヌ)!」
……!
 流星の如く繰り出された剣先が巨大な砲弾を粉砕し、「ほら男爵」を吹き飛ばした。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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