第12話 衣食に関するリアルな悩み・食料編
文字数 1,211文字
僕をからかうかのような口ぶりだった。
相変わらず、どこまで本気なのか分からない。
だが、ここで怯むわけにはいかなかった。
目を伏せて微笑む紫衣里は、それが当然とでも言いたげに囁いた。
何だか胸がきゅうっと締まるようで、それでいて身体が熱くなった。
なぜかということはもちろん、声には出せない。
感動が空振りに終わって、どっと力が抜ける。考えに考えて思いつめた末の決断だったが、紫衣里の一言でごっそり勢いを削がれてしまったのだ。
だが、呆けている場合じゃなかった。
そう、僕と紫衣里が抱えた問題は、まさに「そこ」だった。
冷ややかなツッコミが返ってきた。
だが、そんなものにめげてはいられなかった。
再び腹を括って、まっすぐ紫衣里を見据える。
こんなことを言わなければならないのが、たまらなく恥ずかして、情けなかった。
熱い塊が頬に溜まるのを感じながら、僕はためらいを振り払って告げた。
紫衣里が言うのは、あの老人との約束だった。
あと1ケ月の間、あの銀のスプーンを鳴らしてはならない。
澄んだ音で全身に力をみなぎらせる、あのスプーンの音を……。
だが。
無邪気に見つめてくる瞳に、ズキンと胸が痛んだ。
めちゃくちゃ、格好悪い。自分でも、甲斐性のない男だと思う。
それでも、きちんと言っておかなくてはならなかった。
紫衣里がしげしげと見つめているのは、そのパッケージだ。
「地産地消! 黄金の小粒つぶつぶ毎日納豆」。
この辺のスーパーやコンビニでも売っている、地元産の大豆を食わせるための涙ぐましい創意工夫の成果だった。
因みに、地元の特産品は柿と枝豆である。
そう、紫衣里との同棲生活で、この小さな所帯のエンゲル係数は頂点に達していたのだった。
これ以上、食費を費やせば、家賃がなくなる。
この2人きりの住まいを守るために、「毎日納豆」生活はやむを得ない選択だった。
これが秋なら、ガス代を節約するために干し柿が登場するところだ。