第12話 衣食に関するリアルな悩み・食料編

文字数 1,211文字

紫衣里……大事な話がある。
何? 
 いつも食事に使っている折り畳み式のちゃぶ台を挟んで、僕たちは向かい合って座った。
これからの……僕たちに関することだ。
私たち……って、そんな関係?

 僕をからかうかのような口ぶりだった。

 相変わらず、どこまで本気なのか分からない。

 だが、ここで怯むわけにはいかなかった。

僕は君を投げ出したりしない。あの爺さんはどういうつもりだったか知らないけど……。
信じた相手にしか任せないわ、私を。

 目を伏せて微笑む紫衣里は、それが当然とでも言いたげに囁いた。

 何だか胸がきゅうっと締まるようで、それでいて身体が熱くなった。

 なぜかということはもちろん、声には出せない。

(男とひとつ屋根の下で暮らしながら、信じてくれていたなんて……)

 切なくて、それでいて嬉しかったのだ。
朝昼晩、ちゃんと食べさせてくれるって。
(そこかよ……)

 感動が空振りに終わって、どっと力が抜ける。考えに考えて思いつめた末の決断だったが、紫衣里の一言でごっそり勢いを削がれてしまったのだ。

 だが、呆けている場合じゃなかった。

 そう、僕と紫衣里が抱えた問題は、まさに「そこ」だった。

真剣に聞いてくれ、紫衣里。
 勝手にズッコケたんじゃない。

 冷ややかなツッコミが返ってきた。

 だが、そんなものにめげてはいられなかった。

 再び腹を括って、まっすぐ紫衣里を見据える。

 こんなことを言わなければならないのが、たまらなく恥ずかして、情けなかった。

 熱い塊が頬に溜まるのを感じながら、僕はためらいを振り払って告げた。 

もう……ないんだ。


何が? もしかして……時間? 何言ってるの、スプーン鳴らさない限り、それはないって。 

 紫衣里が言うのは、あの老人との約束だった。

 あと1ケ月の間、あの銀のスプーンを鳴らしてはならない。

 澄んだ音で全身に力をみなぎらせる、あのスプーンの音を……。

 だが。

そっちじゃ、ない。
……じゃあ、何だっけ?

 無邪気に見つめてくる瞳に、ズキンと胸が痛んだ。

 めちゃくちゃ、格好悪い。自分でも、甲斐性のない男だと思う。

 それでも、きちんと言っておかなくてはならなかった。

 

……これだ。
 僕が折り畳み式のちゃぶ台に乗せたのは、小さな発泡スチロールのパックだった。
これは……?

 紫衣里がしげしげと見つめているのは、そのパッケージだ。

 「地産地消! 黄金の小粒つぶつぶ毎日納豆」。

 この辺のスーパーやコンビニでも売っている、地元産の大豆を食わせるための涙ぐましい創意工夫の成果だった。

 因みに、地元の特産品は柿と枝豆である。

もう……これだけしか食べるものがない。

 そう、紫衣里との同棲生活で、この小さな所帯のエンゲル係数は頂点に達していたのだった。

 これ以上、食費を費やせば、家賃がなくなる。

 この2人きりの住まいを守るために、「毎日納豆」生活はやむを得ない選択だった。

 これが秋なら、ガス代を節約するために干し柿が登場するところだ。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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