第43話 2人の時間は終わらない
文字数 1,379文字
紫衣里のふくれっ面も、この夏と変わらない。
僕は愛想笑いをしながら、三段重ねの巨大なハンバーガーをその目の前に置く。
分かってはいたが、敢えてすっとぼける。
紫衣里はハンバーガーを食べる手……というか口を止めて、僕を睨んだ。
心外な一言だった。
なんだか、紫衣里がいなくなった途端、他の女の子に乗り換えたかのような言い方だった。
よろしい、とでも言うように紫衣里は頷いた。
それだけで、紫衣里には通じたらしい。
だが、僕は敢えて説明する。少しでも、言葉を交わしていたかった。
まず、店長経由で板野さんにハッタリをかまして、キャンセルはやめさせた。
修学旅行費を負担する奨学金があるのを、発表前に佐藤さんから聞いたということにして……。
申請は店長にやってもらうということで、その場はなんとかごまかせたんだけどね。
僕は慌てて、紫衣里の胸元から目と話題をそらした。
そこで初めて紫衣里は、気の毒そうな顔をした。
僕もまた、暗い話にせめてもの救いを求めて佐藤さんの苦労を語った。
事の顛末に、もう紫衣里は何も言わなかった。
満足げに、竜田揚げ照り焼きチキンバーガーデラックスを貪り食っている。
僕は少しでも紫衣里の声が聞きたくて、その途中で声を掛けた。
俺は、皿を返しに行くついでに追加注文をしようと席を立った。
そこで、スマホがメールの着信を告げる。
戻ってきた現実に、僕はハッとした。
あの老人に予告された時が来るとしたら、今しかない。
振り向いてみると、人の行き交うフードコートのテーブルに、まだ紫衣里はいた。
澄んだ瞳を僕に向けて笑ってみせる。
エビライスビーフレタスバーガーのLとシェイクは、まだ注文していない。
まだ少し、時間はあるらしい。
この夏以来のお手合わせ……いいかも、しれない。
たぶん、完敗だけど。