第43話 2人の時間は終わらない

文字数 1,379文字

……遅い!

 紫衣里のふくれっ面も、この夏と変わらない。

 僕は愛想笑いをしながら、三段重ねの巨大なハンバーガーをその目の前に置く。

 

あ、悪い! ごめんごめん!
あのお金は?
ええと……何のお金だっけ?

 分かってはいたが、敢えてすっとぼける。

 紫衣里はハンバーガーを食べる手……というか口を止めて、僕を睨んだ。

カノジョの修学旅行。

 心外な一言だった。

 なんだか、紫衣里がいなくなった途端、他の女の子に乗り換えたかのような言い方だった。

僕が払った……佐藤さんに。

 よろしい、とでも言うように紫衣里は頷いた。

なるほど……そういうこと。

 それだけで、紫衣里には通じたらしい。

 だが、僕は敢えて説明する。少しでも、言葉を交わしていたかった。

 まず、店長経由で板野さんにハッタリをかまして、キャンセルはやめさせた。

 修学旅行費を負担する奨学金があるのを、発表前に佐藤さんから聞いたということにして……。

 申請は店長にやってもらうということで、その場はなんとかごまかせたんだけどね。

 あの老人が去った後の、とっさの思いつきだったが、それは言わない。

 で、最後は佐藤さんの手で、板野さん限定の奨学金が偽装されたってわけさ。

 ……あの12万円で。

 まあ、それは仕方ないね。

 男の人生に関わることを、笑顔でさらっと言う辺りが恐ろしい。
……血も涙もないな。
……スプーンを狙う者には、当然の報いです。
 キャミソールから覗く豊かな胸元には、あの銀のスプーンが冷たく光っている。
これのために、大会ひとつ立ち上げるとは……執念というか、スタンドプレーが過ぎるというか。
……どこ見てる。

 僕は慌てて、紫衣里の胸元から目と話題をそらした。

それに多額の資金と人員を費やして、佐藤さんは失敗した。

奨学金の創設なんか提案できるわけないだろ?

それどころか、責任を取らされる羽目になった……。

 そこで初めて紫衣里は、気の毒そうな顔をした。

 僕もまた、暗い話にせめてもの救いを求めて佐藤さんの苦労を語った。

 ……で、行きがけの駄賃に会社の名前だけを勝手に使わせてもらったらしいんだ。

 事の顛末に、もう紫衣里は何も言わなかった。

 満足げに、竜田揚げ照り焼きチキンバーガーデラックスを貪り食っている。

 僕は少しでも紫衣里の声が聞きたくて、その途中で声を掛けた。

……で、これからどうするの?
う~ん……。
 手と口が自由になったところで、紫衣里はちょっと考えてから答えた。
エビライスビーフレタスバーガー、Lで頼んでいい? シェイクつけて。
やっぱり、よく食うな。

 俺は、皿を返しに行くついでに追加注文をしようと席を立った。

 そこで、スマホがメールの着信を告げる。

ハセオく~ん、お呼びだヨ!
 最近、冗談半分に本人の声で設定した音……板野さんからの初めてのメールだった。
《お土産、何がいい?》

 戻ってきた現実に、僕はハッとした。

 あの老人に予告された時が来るとしたら、今しかない。

紫衣里……!

 振り向いてみると、人の行き交うフードコートのテーブルに、まだ紫衣里はいた。

 澄んだ瞳を僕に向けて笑ってみせる。

どう? 食後にひと勝負。

エビライスビーフレタスバーガーのLとシェイクは、まだ注文していない。

食後って……いつだよ、それ。

 まだ少し、時間はあるらしい。

 この夏以来のお手合わせ……いいかも、しれない。

 たぶん、完敗だけど。

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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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