第1話 銀のスプーンを目の前に

文字数 1,058文字

さて……。

 バイトのシフトが空いた僕は、勤めているゲームセンターの筐体に向かった。

 貴重な息抜きの時間を余すことなく使い切るため、コインを額に当てて念を込める。

面白いことしてるのね。
な……。

 その一言が、ゲームに立ち向かおうとする僕の集中を解いた。

 対戦コンピューターのレベルは「MAX」。

 最高の難易度で相手を秒殺しようと狙う僕にとって、それは時間とバイト料の浪費を意味した。

勝負してみる? 負けた方の奢りで。

 唐突な申し出を受けてしまったのは、僕の意地のせいとしか言いようがない。

 そんな理屈をつけてでも一緒にいたいと思えるほど、目の前の女の子が可愛かったせいもあるけど。

……やって……やろうじゃん!

 岐阜市近郊のショッピングモールに、最近できたゲームセンターがある。
 その名は「フェニックスゲート」。
 大手ゲーム会社の経営で、巨大資本「アルファレイド」の傘下にある。

 小さいものは梅仁丹、大きなものは月に届く軌道エレベーター(企画段階らしいが)まで手掛けようかという世界的コングロマリットだ。

ゲームは……アルファレイドの『リタレスティック・バウト』ね?
言っとくけど……僕は強いよ?

 そう警告したのは、アーケードゲームとはいえ、女の子を一方的にぶちのめすは気が咎めたからだ。


ふうん……。
信じて、ないね?

 僕は貴重な100円を筐体に放り込んで、ゲームを開始する。

 古今東西の文学作品に登場するヒーローたちが、それぞれの武器を振るって激闘を始める。

 最初のラウンドは、1分も経たないうちに僕の勝利に終わった。

もしかして……e-スポーツやってる?

 エレクトロニック・スポーツ、略してe-スポーツ。簡単に言えば、スポーツ化した対戦型コンピューターゲームだ。プロだっている。

 いつか僕……長谷尾(はせお)英輔(えいすけ)の前に、そこの代理人が金額の書かれてない契約金の小切手を手に現れる。
 そんなことを夢見るくらい、僕は真剣だった。

だから……君じゃ勝てない。
……どうかな?

 女の子は筐体の向かいに座り込んだところで100円を投入したらしく、ゲーム画面には「挑戦者現る」の文字が浮かぶ。

……な、何!

 だが、ゲームが始まる直前まで、僕の注意を引きつけてやまなかったものがあった。

 程よく突き上げられた白いサマーセーターの胸元に光る、銀のスプーンだ。

よそ見しないの!

 別に、彼女のプロポーションに見とれていたわけじゃないし、僕の視線が誤解されたわけでもない。

な……!
 我に返る前に、第1ラウンドは僕の敗北に終わっていたのだった。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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