第3話 夏のひとときを賭ける

文字数 1,057文字

……どうぞ。

フードコートで、パフェを奢る。

絶対的な挫折を味わいはしたが、店長は客寄せのご褒美に新たな休憩時間をくれた。

窓の向こうに遠く、夏休みの碧い山脈。
長い黒髪が微かに揺れる。

ありがとう。

 微かな声が聞こえた。

 テーブルの向かいに座ると、サマーセーターにジーンズ姿の女の子が、見つめてくる。
 きれいな瞳だ。
 年は高校生くらい。白い肌に、銀のスプーンをあしらったペンダントが映えている。
 どう見ても、僕を対戦型ゲーム「リタレスティック・バウト」で叩きのめした、あのテクニックの持ち主には見えない。
 彼女が黙々と口に運ぶパフェは、その負けの代償だ。

 でも、不思議と悔しくはない。

 この沈黙にも、何だか心が躍った。

 しかし。

行きましょう、シエリ。
 バイオリンの粘りつくような旋律を思わせる声が、僕たちの間の沈黙を破る。
 灰色のジャケットに水色のスラックスという涼しげな姿の老人が、ソフト帽を胸に見下ろしていた。

……。

 シエリと呼ばれた女の子は、返事もしない。パフェを静かに食べ続けている。

 フードコートは結構、混雑していて子供が走り回ったり中高生が騒いだりと、けっこううるさい。

 それなのに、この2人の間だけは夏場だというのに空気が凍り付いている。

 冷房が効きすぎているとかいうのではなく、とにかく、見ていて痛いくらいに雰囲気が張りつめているのだ。

来なさい。

 老人は低い声で命じる。声は穏やかだが、その奥には有無を言わせない押しの強さがあった。

 押しというか、どこか違う世界にでも無理やり引きずり込もうとするかのような強引さが。

……。

   だが、女の子はそんなことを気に留める様子もない。

 空にしたパフェのグラスを、さっさとセルフサービスのカウンターへ持って行く。
 その気持ちはよく分かる。上からものを言われるのは、嫌いだ。

 心の中で「やめとけ」とたしなめるもう1人の自分を振り切って、僕はフードコートの軽いプラスチックの椅子から立ち上がった。

ちょっと待ってあげてくれませんか? 今は僕のお客なんです。


 それでも、高齢者には礼儀正しくするのが僕のやり方だ。このお年寄りもまた、慇懃に答えた。
私たちも時間がないのですが、そこまでおっしゃるなら……。

 その老人のまなざしは、モールの空調なんか問題にならないほどゾッときた。

 冷たいのに、地獄の炎を思わせる何か狂暴なものが潜んでいる。

……。
 気圧されて返事もできないでいると、老人は厳かに申し出た。
戦い取ってみますか? その時間。
 不思議な一言が、この夏の僕の運命を決めた。
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登場人物紹介

長谷尾英輔(はせお えいすけ)

e-スポーツのプロを目指す公立高校3年生。

親からの仕送りを止められ、ゲームセンターでのアルバイトをしながら下宿生活を送っている。

情に脆く義理に厚いが、優柔不断でちょっとムッツリスケベ。

長月紫衣里(ながつき しえり)


幸運をもたらす銀のスプーンを豊かな胸元に提げた美少女。

無邪気で自由奔放、大食らいで格闘ゲームが妙に強い。

長谷尾の優柔不断を、要所要所でたしなめる。


板野星美(いたの ほしみ)


つらい過去を抱えた私立高校2年生。

ささやかな望みを叶えるために、禁止されているアルバイトをこっそりゲームセンターでやっている。

意志も意地も強い努力家で、つい無理をしてしまうところがある。

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