第3話 夏のひとときを賭ける
文字数 1,057文字
フードコートで、パフェを奢る。
絶対的な挫折を味わいはしたが、店長は客寄せのご褒美に新たな休憩時間をくれた。
窓の向こうに遠く、夏休みの碧い山脈。
長い黒髪が微かに揺れる。
微かな声が聞こえた。
テーブルの向かいに座ると、サマーセーターにジーンズ姿の女の子が、見つめてくる。
きれいな瞳だ。
年は高校生くらい。白い肌に、銀のスプーンをあしらったペンダントが映えている。
どう見ても、僕を対戦型ゲーム「リタレスティック・バウト」で叩きのめした、あのテクニックの持ち主には見えない。
彼女が黙々と口に運ぶパフェは、その負けの代償だ。
でも、不思議と悔しくはない。
この沈黙にも、何だか心が躍った。
しかし。
灰色のジャケットに水色のスラックスという涼しげな姿の老人が、ソフト帽を胸に見下ろしていた。
シエリと呼ばれた女の子は、返事もしない。パフェを静かに食べ続けている。
フードコートは結構、混雑していて子供が走り回ったり中高生が騒いだりと、けっこううるさい。
それなのに、この2人の間だけは夏場だというのに空気が凍り付いている。
冷房が効きすぎているとかいうのではなく、とにかく、見ていて痛いくらいに雰囲気が張りつめているのだ。
老人は低い声で命じる。声は穏やかだが、その奥には有無を言わせない押しの強さがあった。
押しというか、どこか違う世界にでも無理やり引きずり込もうとするかのような強引さが。
だが、女の子はそんなことを気に留める様子もない。
空にしたパフェのグラスを、さっさとセルフサービスのカウンターへ持って行く。
その気持ちはよく分かる。上からものを言われるのは、嫌いだ。
心の中で「やめとけ」とたしなめるもう1人の自分を振り切って、僕はフードコートの軽いプラスチックの椅子から立ち上がった。
その老人のまなざしは、モールの空調なんか問題にならないほどゾッときた。
冷たいのに、地獄の炎を思わせる何か狂暴なものが潜んでいる。