【カツカレー】【三連休】【パリ】

文字数 1,144文字

課題は対決もの

 ゼミで文章の書き方を指導する大野は次回の講義の内容に頭を悩ませていた。大野にとって講義とは常に生徒との真剣勝負であり、それは単にテキストをなぞるだけであってはならないとの矜持があった。
 人はしばしば、目的と手段が逆転する。例えば、知識をつけるという目的の為に、たくさん本を読むという手段が用いられるわけだが、いつのまにか読了数を追求することに主眼が移ってしまうというようなものだ。それはもはや読書ではなく単に字面を撫でているだけだ。本来の目的が達成されないどころか、ただ時間を浪費する作業になる。生徒たちには有意義な時間の使い方をしてほしい。そんな思いから講義内容を考える大野は真剣そのものである。

 前回、リンゴの講義(※【太陽】【リンゴ】【希薄な目的】)はうまくいった。来週の講義は二つの事柄を関連付ける内容にしようと大野は決めていた。本日二月二十二日はカツカレーの日ということで、一つはカツカレーとした。もう一つは最近テレビでオリンピック開催地として注目を浴びるパリに決めた。

 ただ、これで終わりというわけではない。生徒がどのような意見を出すかを予め想定しておかねばならない。とりわけ目をかけている浅丘恭子に至っては中途半端な姿勢で臨めば、逆に足を掬われてしまうだろう。

 カツカレーと言えば、まずカツである。カツは日本の料理だが、ベースとなったのはフランス料理のコートレットだ。この発想をする生徒は少なくないだろう。あとはカレーマルシェというカレーのルーがあった。マルシェはフランス語だから、ここに繋がりが見出せる。だが、これだけではダメだ。浅丘恭子がこの程度の発想で収まるはずがない。
 大野は時間を忘れてあらゆる切り口を模索した。

 カツカレーからカツとカレーをとって残るものはライス、つまり米である。米という字はアメリカの他にメートルを表すものとしても用いられる。それにも関わらずメートルを提唱したのはアメリカではないどころか、その地で使われてすらいない。ここで大野は閃いた。

「メートルの定義だ!」

 もともとは北極点からパリを経由して赤道までの距離を一万キロメートルと定義し、それを一千万で割ったものだ。地球一周が四万キロというのはつまりそういうことでもある。思わぬところで関連性が見出せた。この定義を聞くと大抵の人は何の疑問も持つことなく感心するだろう。だが相手はあの浅丘恭子である。きっと彼女ならこう言うだろう。

「それってパリ経由じゃなくても、日本でもインドでも北半球ならどこを経由しても同じじゃないですか?」

 そう聞かれたら「そうだね」と答えるより他ない。

 そして月曜日の講義の日がやってきた。

 浅丘恭子は病欠だった。

「私の三連休返して」大野は心の中で呟いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み