【庭】【自我】【こけし】

文字数 1,046文字

課題「災い」をテーマにする。

 マズローの五大要求というものがある。簡単に言うと、人間の要求は五つに大別され、それらはピラミッドのような階層構造になっているというものだ。衣食住など低次の要求が満たされると、今度は高次の要求が生まれる。そのうちの一つ「承認欲求」は多くの人に耳馴染みがあるのではないだろうか。

 人から認められたいという願いそれ自体は悪いものではない。目標を待つということは人生にハリを与えもする。しかし、げに人間とは自我の強い生き物である。残念ながらここで間違った方法をとってしまう方々が少なくない。他人を貶めることによって自らの地位を確立しようという行動、驕慢(きょうまん)というものだ。

 昔話や童話を見ていると、こう言った自我を戒める内容のものが多い。例えば「お千代岩」と言う話がそうだ。大病を患う母を持つお千代は、ある日海岸で大きなタコを見つけ、その脚を一本切り取り市場へと売りに行く。それはたいそう高く売れ、お千代は薬と食べ物を買って母に与えることができた。お千代は毎日タコの脚を切っては売る暮らしを続け、とうとうタコの脚は残り一本になった。母の体はすっかり良くなった。事情を知る母はタコを気の毒に思い、最後の一本は残しておくようお千代を諭したが、どうしても最後の一本が欲しいお千代は海岸へと行ってしまう。お千代はタコに墨をかけられ、そのまま岩となってしまったというお話しである。要求に突き動かされて余計なことはしてはいけないということだ。

 北海道のある漁村には、変わった風習があった。もともとは事故の多い漁師の安全を祈願したものとされるが、古くからこけしが厄災を祓う象徴であるとみなされていた。
 こけしを庭に祀れば守り神として外部からの災いから守ってくれると信じられていたのである。ただし、注意しないといけないこともある。それはくれぐれも自我を強く持たないこと。さもなくば、こけしは頭が取れて、それまで祓った災が身に降りかかると言われている。

 麻生はその村で産まれ、祖父母に可愛がられて育ったこともあり、その古い伝承を強く信じていた。いじめられた幼少期、麻生は勉学に励んだ結果、横浜にある大企業に就職することができた。麻生は社員寮の部屋に荷物を下ろして、かつてのいじめっ子達を思い浮かべた。
「見ていろよ、絶対見返してやる」
 麻生は、カバンからこけしを取り出し、手に取ると、窓へと向かって歩き出し、すぐさま戦慄した。

コローン

「庭ないじゃん」

手からこぼれ落ちたこけしが床に横たわっている。
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