【夜空】【メトロノーム】【過酷な物語】

文字数 1,211文字

 これは、ある男に関する過酷な物語である。

 定年退職してからの暮らしは案外退屈なものだ。暇を持て余した私は、生きがいと言うと大袈裟だが、何かやりがいのある目的を求めていた。
 そんなある日、私は町の片隅にメトロノームが大量に廃棄されているのを見つけた。一つ手に取ってゼンマイを巻いてみると、一定のリズムを刻み始めた。壊れて動かないものもある。これだけ数があれば部品どりしていくつか復活させることができるのではないかと私は考えた。子供の頃から手先は器用だった。
 そうだ、子供たちの為に壊れたおもちゃを無償で修理したらどうだろう。子供たちの為にもなるし、私自身にとっても有意義なものとなるに違いない。そうと決まれば善は急げである。私は自宅に「玩具修理社」と看板を出した。
 そんな期待とは裏腹に、子供たちはやってこない。それもそうか、今時の子供はスマホやパソコンでゲームばかりだ。昔のおもちゃで遊ぶような子はいないんだな。私は、誰のためでもなく、壊れたメトロノームを修理する日々を過ごした。
 するとある日、一人の少年がやってきた。おもちゃのピストルが壊れたから治して欲しいとのことだった。私は喜んでピストルを受け取った。分解するとバネが外れているだけだった。私はニッパーでバネをあるべき場所にはめ込み、再び抜けないよう増し締めしておいた。その少年は治ったピストルに大喜びだ。これだ、これこそ私の求めていたものだ。私は少年の笑顔を見てそう思った。
 少年は私に懐き、その後も足繁く通うようになった。治して欲しいものがあるわけではない。私がメトロノームを治すのを面白そうに眺めるのだ。
 私は少年の為に、庭にブランコを作った。ブランコは二つ。私は隣に座って、少年との会話を楽しむようになった。私は、いつも一人で訪れる少年が気になって友達はいないのかと、それとなく聞いてみた。少年はいないと寂しそうに答えた。帰国子女で日本の学校に馴染めないのだと言った。海外と違って、他と異なるものを受け入れない排他的な日本の風潮に悩んでいた。
「僕は、みんなと同調しないといけないのかな?」少年は悲しそうな瞳で私を見る。
「待っていなさい」私は立ち上がりメトロノームを取りに行った。
「見てごらん」私は先程座っていたブランコにメトロノームを三つ並べて、異なるタイミングで動かした。
「いいかい、みんな違っていいんだ。異なるリズムを刻めばいいんだ。それがメロディを作り出すんだ」
「でも、おじちゃん、これみんな同じ動きしてるよ」
 バカな、そんなはずはない、確かに違うタイミングで動かしたはず。
「待ってなさい、もう一度」今度こそと動かすがやはりいつのまにか足並みを揃えてしまう。
 私はムキになって繰り返す。
「おじちゃん、もう僕帰らないと」
「待ってなさい、もう少しだ」
 気がつけば夜空になっていた。

 動く台に置かれたメトロノームは同調するという、同期現象を男は知らない。
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