【雷】【鷹】【きれいなトイレ】

文字数 947文字

ジャンル:童話

 昔々ではないけども、あるところにある車好きな男が住んでおりました。男は新しく買ったばかりのスポーツカーでドライブへと出かけました。エンジンはパワフルでアクセルを踏み込めば高らかに咆哮(ほうこう)をあげます。
 すると突然、ゴロゴロと雷のような嫌な音が聞こえてきました。いや、感じたと言った方が正確かもしれません。男の額には脂汗が伝います。

「腹が痛え」

 今朝食べた生卵が原因だろうか? いや卵の賞味期限は生食できる期間を表しているから期限内であれば大丈夫なはず。それなら昨晩食べた豚肉か? でも加熱したし、消費期限を一日過ぎたくらいでなんともないだろう。男は考えを巡らせますが、たとえ分かったところで今の状況がなんとかなるわけではありません。男は考えることをやめました。

 男にとって今すべきことは出すものを出すことですが、ここは高速道路です。路肩に停めてコトを済ますのは非常に危険です。万が一、そこに車が突っ込んできたらニュースでなんと報道されるか分かったものではありません。

 男は何とか痛みを堪えて車を走らせると、(ひな)びたパーキングエリアを発見しました。地獄に仏とばかり滑り込み、トイレに駆け込みます。しかし、無情にも個室は全て埋まっているようでした。男はモジモジしながら奥に視線を向けると、個室の扉が少し開いていることに気づきます。他の個室より幅が狭いのはきっと和式なのだろう。男は洋式派ですが、そんな事言っていられる状況ではありません。取るものもとりあえず、扉を開けます。

 掃除道具入れでした。

 個室は依然空きそうにありません。山の中のパーキングエリアということで、外には茂みがあります。人としての尊厳というものでしょうか、男には茂みで用を済ますという選択肢はありません。どうしても、きれいなトイレを使いたかったのです。

「女子トイレを借りたらどうだろう」

 パーキングエリアのトイレと言えば混雑時に、おばちゃん達が平気で男子トイレに入ってくる。なら、その逆があったっていいのではないかと考えたのです。

 ですが、男はすぐに思い直します。
「鷹は飢えても穂を摘まず」高潔な人間は不正をしないんだと。
 男は車に戻り、自宅へと走ります。

 そして男は今、買ったばかりのスポーツカーを熱心に掃除しています。
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