【地獄】【タライ】【荒ぶる記憶】

文字数 1,531文字

 「三人寄れば文殊の知恵」という言葉がある。平凡な人でも三人集まれば思いがけぬ知恵が絞り出せるというもので、これにまつわる昔話がある。地獄へ続く道に落とされた医者が、山伏と鍛冶屋を仲間に引き入れて閻魔大王をやり込めるというものだ。
 そして俺は先程閻魔大王に地獄行きを言い渡されて、地獄へと続く道へと落とされた。昔話にならい、ここで仲間を募ろうと俺は考えた。いきなり問題だが、俺は医者ではなく桶屋だ。だが、職業はものの例えだ。要は三人いれば良いんだ。腰を据えて仲間を待つ。

「ちょりーす!」
 なんかチャラい男が来た。聞けばホストだと言う。まぁそれはそれで色々な知識を持っているだろう。そうに違いないと俺は無理矢理自分を納得させた。

「おはー!」
 ギャルが来た。職業はアパレルだと言う。どう考えても役に立つとは思えない。いや、でもカワイイ。いるだけで意味がある。RPGの世界でも意味不明な職業があるが、何らかの役に立っているというか、コンプリート欲を満たす為にただ使っているというか、まぁ意味があると思うことにした。とにかく俺たちは地獄へと向かった。

 地獄に関しては諸説あるが、今俺たちの目の前に、沸騰した灰水の河が広がっている。「烈河」というやつだ。
 こんな時に材料と道具さえあれば、タライ船が作れるのだがと思った瞬間に、木材、ノミやノコギリと言ったものが一式現れた。タライを思い浮かべたが現れない。どういうことかわからず、俺は過去にウィキった情報や、お寺の住職から聞いた話をフルに検索した。その荒ぶる記憶の中から引き出した情報を整理して一つの仮説にたどり着いた。
 生前、俺はタライや桶を作っていた。その行為がここでも出来るということか。例のホストにシャンパンを想像しろと言ったらそこにシャンパンが現れた。試しに原料であるシャンパーニュ地方のブドウを想像してみろと言ったが現れない。シャンパンを作る職業ではないからだと思った。本当にそうだろうか? 「そこはあまり深掘りしないでくれ」という誰のものともわからない魂の叫びが頭にこだました。
 俺がタライ船を作っていると言うのに、奴らときたらトークを楽しんでいる。くそっ、お前らにも後で働いてもらうからなと思い、タライ船を完成させた。

 何とか「烈河」を渡りきり、壊れたタライ船を置き去りに俺たちは前へと進む。暑いと言うか熱い。たどり着いたのは「煻煨(とうい)」膝までつかる焼けた灰の世界。
「あつ〜い、私マジ無理なんですけどー」とギャルが無責任なことを言う。
「あ! オレ名案思いついた!」
 ホストの発言に俺は心踊らせる。次はお前の出番だ。任せた。
「また、おじさんにタライ船作ってもらっちゃったらいい系じゃね?」
「賛成ー!頭いいー、おじさん頑張ってー」
 そして、また俺はタライ船を作る。ダメだ、こいつらクソの役にも立たねえ。
 そんなこんなで、「煻煨」を過ぎる。やはりタライ船は壊れてしまった。

 ほどなく、ひどい異臭が鼻をついた。
屍糞(しふん)」死骸や糞尿、ウジがうごめく沼だ。悪い予感というものは当たるものだ。
「おじさん、ガンバ!」
 こいつら、いらねぇんじゃないかと思いながら俺はまたしてもタライ船を作った。
 無事に「屍糞」をクリアして、次の関門へとやってきた。

鋒刃(ほうじん)」つるぎの山だ。さすがに、タライ船では何ともならない。いい加減お前ら働けと思ったところギャルが声を上げた。
「ってか、最初の場所に戻って、じっとしてたらよくない?」

「それもそうか」

 俺はタライ船を更に作って、元の場所に戻った。道中、ホストとギャルがデキてしまった。
「烈河」「煻煨」「屍糞」「鋒刃」とは違う地獄に俺はいる。

 例えるなら「カップルと一緒に食事にきてる一人の男」地獄だ。

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