【小型のクルーザー】【最高級のパイプ】【女友達】

文字数 1,685文字

課題は、アンケート形式を取り入れてください。

「杉本さん、ちょっといいですか?」
 私が長年身を置く将棋サークルのイベント担当羽生君が、何やら用紙片手に問いかけてきた。
「再来週の土曜日なんですけど、イベントを企画してて、海釣りか、ホテルのランチブッフェか、ボーリングかどれがいいですか?」
「海釣りってのは岸からかい?」
「いえ、僕船舶免許持っているんで、小型のクルーザーをチャーターしようかと思います」
「いいねぇ、かたのいいサワラでも釣れたらしめたものだ。私は海釣りで頼むよ。それにしても最近イベント増えたね」
「ええ、女性メンバーが増えましたからね。では、また決まり次第お知らせします」

 多数決でランチブッフェになった。

 うん、まぁその方がいいだろう。結局のところ若い女性たちを連れて船釣りなんてロクなことがない。エサのゴカイを気持ち悪がって針につけられないし、かかったらかかったで、「ムリ、ムリ、ムリ、腕が千切れちゃう」とか言って交代させられる。それで釣り上げたら、「きゃー釣れた! わたし凄くないですか?」って言いながらインスタ撮って、そのあと針を外すのは人任せだ。
 君、竿の前で座ってただけだよねと、私は口には出さないが、内心ムカムカする。
 釣りができるなら、まだマシだ。沖に出て早々に船酔いされるとたまったものではない。行く前はテンション高かったのに、途端に帰るとか言い出す。吐きそうだから五分で戻ってとか無理なこと言ったかと思えば、次の瞬間、海に向かって盛大に撒き餌して不機嫌そうに「もう最低ー」と漏らす。私は口には出さないが、お前を海の最も低いところに沈めてやろうかとついつい考えてしまう。

 そして当日ランチブッフェ会場

「知ってます? ここのホテルに最高級のパイプオルガンがあって、十二時から生演奏があるんですよ。あと三十分くらいかな、楽しみー」若い女性メンバーが嬉しそうに言う。
「さぁ、それでは皆さん食べましょう」幹事の羽生君が号令をかける。
 若手男性メンバーの目を気にしてか、女性メンバーたちは取り皿に少しずつ上品に盛り付けていく。妻帯者の私と違って独身男性メンバーは、こういった機会を利用して、女友達以上の関係になろうと虎視眈々と彼女たちの一挙手一投足を眺めている。嘴が黄色い男たちは騙せても、私の目を誤魔化すことはできない。彼女たちもあと二十年もすれば、皿に山盛り乗っけた上に、平気でパンとかをビニール袋に入れてバッグに詰め込んで持ち帰るようになるだろう。ねぇねぇ、恥ずかしいからやめてと私は口には出さないが、表情には出てしまう。

 ある作家が言っていた、恋愛に発展しない女友達なんて不要だと。私も今更、そういったものは必要性を感じない。そして、パイプオルガンの演奏が始まった。楽しみと言っていた女性はもはや食べるのに夢中で全然聞いてやしない。絶対興味ないよねと、私は口には出さないが、感じずにはいられない。

 そんなこんなで、宴もたけなわ。スタッフがホールケーキを私たちのテーブルに運んできた。そのケーキに乗っているメッセージプレートに目を疑った。

「杉本さんアマ八段昇格おめでとうございます」

「これは、……」私は声を詰まらせた。
「サプライズですよ。女性メンバーたちがお祝いしようって企画してくれたんですよ」隣にいた羽生君が私にそう声をかけた。
「杉本さん、おめでとうございます」先程の女性が私に笑顔を向ける。
 私は若い女性に対して偏見があったらしい。なかなかどうして、女友達というのも悪くないかもしれない。
「あ、でもここで満足しちゃダメですよ。上には上がいますからね」
「そうだね」私は照れ笑いを浮かべた。
「なんかプロで凄い人がいるじゃないですか?」
「藤井聡太九段のことかな」
「じゃなくて、えーと、加藤って人。あの人ぶっちぎりじゃないですか」
 私は何のことをいっているのかわからなかった。
「だって、加藤一二三九段って、千二百三十九段ってことでしょ? ヤバくないですか?」
 お前の頭がヤバくないですかと、私は口には出さないが、思わず答えた。

「加藤 一二三(ひふみ) 九段ね」
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