【長老】【白鯨】【買い物】

文字数 1,041文字

課題は「日常のなかの物語」。

 藤井聡太八冠効果というものなのか、私が長年身を置く将棋サークルもずいぶん新規メンバーが増えた。特に女性メンバーの増加は目を見張るものがある。
 そんな中、サークルのイベント担当である羽生君から新規メンバーとの親睦を深めたいということでイベントを開く旨連絡を受けた。行き先は大型ショッピングモールでのショッピングツアーである。
 女性と買い物とは、なんて最悪な組み合わせなのだろう。私の苦手なものランキングワースト2だ。男の買い物なんて簡単だ、その動線は目当てのもの目掛けて一直線である。対して女性の動線を地図に書き込んだらどうなるかというと、……

 え? ここ迷路なの? ここ、さっきからグルグルしてるよね? もしかして、出口のないラビリンスに迷い込んじゃったのかな?

 なんて口には出さないが、その言葉が喉まででかける。

 だが、ワースト1でないだけまだマシだ。それに、サークルの中で私はいわゆる長老と呼ばれる古株だ。若い人たちとの距離を縮める機会に水をさすわけにはいかない。私は素直に参加することにした。

 案の定と言えば案の定だが、私は思う。女という生き物は何故こうなのだと。

「このピンクのと黒のとどっちが似合うと思います?」なんて店員さんに聞いておきながら「ん〜、でもやっぱり私的には黒のがいいからこっちにする」なんて平気で言う。

 ねぇねぇ、さっきのやりとりいる? ねぇいるの?
 私は口には出さないが、心の片隅に小さくメモする。

 食事にしてもそうだ。お昼は何が食べたいかなんて羽生君が余計なことを聞くもんだから、ややこしくなってしまった。

「えっとー、パスタ以外なら何でもいいです」
「じゃあ、ここのラーメンにしようか」
「あ、ごめんなさい、ラーメンも無しで」

 じゃあお前が決めろなんて、私は口には出さないが心の中で叫ぶ。

「あ! ここ最近話題のイタリアンのお店じゃん! ここのカルボナーラがすっごい人気なんだよ! 私絶対ここがいい!」

 お前、マジなんなんだと、私は口には出さないが、もし今スコップ持ってたら地中深く穴を掘って叫びたいというか、そこにお前を埋めてやりたいとさえ思った。

 なんだかんだで私は耐え抜いた。まだ三時だというのにどっと疲れた。やっと帰れると思ったが、先ほどの女性が悪魔的な提案をした。

「あ! まだ時間あるし、隣の遊園地によって行きません? ここの白鯨って絶叫マシンにみんなで乗りましょうよ」

 ワースト1きた。

 ナガシマスパーランド恐るべし。
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