【夜の桜】【黎明】【光の速さ】

文字数 2,063文字

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「杉本さん、今度の週末イベント企画しているんですが都合どうですか?」
 サークルのイベント担当の羽生君がまた企画を持ち込んできた。
「うーん、親睦も結構なんだけど、我々は将棋サークルだ。イベントサークルじゃないんだよ」私は羽生君を諭す。
「ご心配なく、今回は夜の桜を眺めながら将棋を指すという企画なんです」
「それは風情があっていいね」
「それで、ついでというか体験参加の女性がいるので、ちょっと棋力を見てみようと思ってます」
「では、私は参加でお願いするよ」

 そして当日

 私は羽生君の頼みで女性メンバーとコンビニへ買い出しだ。
 しかしなぜ、女という生き物はこうも効果的な動線の塞ぎ方をするのか。ちょっと端へ寄るということを知らない。お前は通路の中心で何を叫びたいのだと、私は喉まででかけるが世界の中心で叫びたい。
 買い出しを終えて、羽生君たちの待つブルーシートへと辿り着く。なるほどこれは風情があっていい。体験参加の方だろう、見たことのない女性がいた。
「初めまして、杉本さんですね。羽生さんからお聞きしました。私、体験参加の本田といいます。プリティなんで、ぷり子って呼んでください。よろしくお願いします」
 お前は鏡をみたことがないのかと、私は喉まで出かけたが、愚痴投稿サイトでぼやくかもしれない。
「ぷり子さんの棋力はどれくらい?」
「私、将棋ウォーズで、アマ一級です」
 将棋ウォーズというのはネット対戦アプリなのだが、そこで獲得した級は将棋連盟へ申請することで実際の免状を貰うことができる。アプリなのでこっそりAIで指したり、替え玉で指したりしても分からない。極め付けは、お助けアイテムでAIが何手か指してくれる。
 つまり、そこで獲得した一級なんてはっきり言ってゴミみたいなものだ。自慢できるものではない。それと免状を貰うというのは語弊がある、要は買うのだ。級であれば4400円、段位となると33000円と結構な額だ。
 それって単なる金儲けだよねと私は喉まで出かけるが、将棋連盟の大いなる力で消されるといけないので口をつぐむ。
 将棋も長い歴史の中で変革期というか、黎明期というか、藤井聡太八冠の影響か、AIという大きなうねりの真っ只中だ。
「じゃあ瀬戸君とやってみようか、彼は初段ホヤホヤだから平手でいいね」

「お願いします」と、瀬戸とぷり子。

 先手ぷり子は、右端の歩を進めた。
「初手端歩?」
 左端の歩を上げる者は時々見かけるが、初手から右端の歩を上げる者などそうは見かけない。普通初手は飛車の前か角の斜め前の歩を上げる。勿論それ以外もあるがAI分析でもこの二つが最も好手とされている。
 ぷり子はまた歩を進め、端から飛車を外へ出した。

 一間飛車(いちげんびしゃ)

 奇襲とされる戦法。プロでも使われないことはないがほとんど見かけない。そして、守りは中住(なかず)まい。これも現代では少数派。持ち駒を打ち込まれる心配がなく、満遍なく守れる反面、守りの薄いところを集中砲火されると瓦解する脆さがある。もっと王は堅牢な守り方をするのが定石なのだ。
 そして異様なまでの早指し。考えることなく光の速さで指していく。
 私は将棋ウォーズで、ぷり子のレーダーチャートを見た。4段階評価で攻撃力、戦術力、終盤力は1と目も当てられない反面、早指し力と芸術力は4だ。
 芸術力といえば聞こえはいいが、要は変態力である。定石無視ということだ。完全な我流なのだろう。
 ぷり子は角で端歩を取り、香車の前へと差し出した。角は斜めに好きなだけ動けるナンバーツーの駒だが、香車は前だけなら好きなだけ進め、その動きから槍とも言われる。瀬戸君はノータイムで角を串刺しとした。ぷり子はそれを香車で仕留める。角と香車を交換したのだ。
 飛車を10点とするなら角は8点、香車はせいぜい3点、明らかな駒損である。
 ぷり子はその香車の後ろへ飛車を滑り込ませた。

 ロケット

 これも奇襲。飛車は左右に加えて前後も好きなだけ進める。それで終わらずぷり子は、飛車を一歩下げて、その頭へ先程とった香車を重ねた。

 三段ロケット

 奇襲中の奇襲。ネット対戦でもこんな戦法を使う者は皆無といってよい。
 瀬戸君は慣れない奇襲と早指しですっかりペースを崩してしまった。とうとうぷり子が敵陣を破った。ぷり子はそこからどんどん歩を侵入させる。

 垂れ歩

 侵入した歩はナンバースリーの駒と同等の能力を得る。1点の歩が6点となるイメージだ。しかし取られても、相手からすると1点の価値しかない。ぷり子はその歩を三つ縦列してじわじわ右へプレスしていく。
 お前絶対性格悪いだろうと、私は喉まで出かけるが人間性を疑う。
 瀬戸君は捨て身の攻撃へと出る。

「あ」

 身動きのできなくなったぷり子の王は呆気なく詰まれた。
「地力の差が出たね。ぷり子さんは定石をもっと覚えて、詰め将棋で鍛えるといいよ」
 私は前向きなアドバイスをした。

「私そういうの面倒なんでいいです」

 お前一体何なんだと、私は喉まで出かけたが、こいつは何を言っても無駄なヤツだと悟った。
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