想いを抱く者 3

文字数 3,365文字

 妖精の洞窟の最新部に関しては、以前に達したらしい者達が残した資料が幾つか存在しており、勿論アミルはそれを事前に調べて来ている。特にこの課題に関しては魔術に使用する希少な材料であったから、戦士学校で組む誰かより自分が調べた方が色々分かるだろうという判断であったが、後になってそれは正しかったと知る。
 サフ曰く、戦士学校では妖精の洞窟に関する資料は何一つ出て来なかったらしい。
 アミルからすればそんな調査をする時間があったら、常識に関する勉強をもう少しするべきじゃなかったのかと思わなくも無いが、結果的には世話をするのも悪く無かった。それはどちらかといえば、アミル自身の捉え方の変化が大きかったが。
 周囲の様子を見ながら、前を進むアミルは岩肌の変化などから、目的地に近い事を知った。
「もう少しで、一番奥だな」
「そうなんだ。全然魔物が出て来なかったね?」
 彼の言葉にサフが不思議そうに言う。
(そうだ。もっと魔物が居る筈なのに、そういえば入ってから奥に行く程、殆ど出て来てねぇ。どうなってんだ?)
 アミルが調査した所では、この洞窟には中に行けば行く程、多様な魔物が多く存在している筈だった。実際、入って直ぐ辺りであれば多少魔物もいたが、奥に入る程に魔物の数が減っていくのをアミルも感じていた。調べた資料では、その逆の記載がされていたのだが、実際には最奥に近い今の辺りでは、気配すら感じない。
 最新の資料は数年前。
 魔物は普通の生き物と全く生態系を別にする上、かなり強かであるから数年間の間に絶滅など、そうそう有り得ない。
(何かあるのか?)
 嫌な予感がする。
 それを裏付けるかのように、歩いていく程に一つの気配が濃くなっていき始めた。感じた事は無いが、直感からそれが拙い部類の気配に入る事をアミルは感じる。
「アミル」
 隣を歩くサフが、ただ名前を呼んだ。
 その声だけで、彼女も気配を感じている事が伝わる。元より、アミルよりは気配に鋭いのだから、もしかしたら感じる不安はサフの方が大きいのかもしれない。強まっていく嫌な予感に、アミルは少しだけ、消費の激しい転移魔術を使った事を後悔していた。
 不調ではないが、完全でもない。魔力の状態で言えば、普通。
 もしかしたらそれが問題になるかもしれないと、そんな予感がある。
「この気配、知ってる気がする。昔、何処かで」
 サフが、呟くように言う。
 二人の足取りはかなり遅くなっていたが、それでも最奥はもう目の前に迫っていた。
「知ってるって、こんな気配を?」
「うん。これに似たようなのを、確か、そう、これは」
 洞窟の先が、開けている。
 その手前でとうとう二人の足が止まった。アミルは、考え込むサフの顔をじっと見守る。少し青ざめた表情で、口元に手をやった彼女は、はっと青の目を見開いた。
「そうだ、竜だ!」
 結論とほぼ同時に、終着地点である目の前の、洞窟が開けた場所から、獣のうなり声のような低い音が反響しながら響き渡った。そして悪寒を感じる間もない程に、それこそ一瞬の隙を縫うように近寄ってくる強大な気配。
 アミルが反射的に結界を張るのと、人を一瞬で蒸発させるような光熱が襲いかかって来たのが同時だった。ぎし、と光熱とぶつかり合った結界がその力の差に壊れかかるのを慌ててアミルは修正しながら、遅れて全身から汗が噴き出すのを感じる。
 竜。
 最強の、魔物である。狭義では魔物ではなく、高次生物の一つとも言われる。生物の食物連鎖の上位にあり、別次元より渡ってくる生き物。竜の縄張りになっていたのなら、この洞窟にいた魔物などあっという間に淘汰されただろう。
 竜の息吹。文献でしか見た事の無いそれが、結界を揺るがす。咄嗟の判断で最も強い結界を張ってなければ、一瞬で二人消滅する所だった。
 あまりに強大すぎる力は、歴史上竜により幾つもの国が滅びた記述が存在している事からも明らかである。元々この世界の生き物ではないから、竜一体で食物連鎖も世界の安定もあっさり崩れ去る。
「あ、アミルっ!?」
「そこ動くなよっ!」
 驚いているサフに、怒鳴りつけるように声を掛けた。最早、優しく諭しているような余裕など皆無だった。
 竜は非常に長命であるが、歴史上竜が出現すれば、その近くには必ず『色付き』の魔術士達が現れている記載が殆どであり、結果は必ず竜の敗北となっているからこそ世界は存続している。これは、『色付き』の魔術士の義務の1つである世界の調整に、竜の抹殺が含まれている為。
 それだけ竜は異質で危険な存在である。
 但し、竜はあまりに強大すぎる存在であり、アミルが知る限り『色付き』が個人で竜を撃破した記載など一つも存在しない。その全てが、『色付き』が複数人集まった上で成し得られた結果なのだ。
 此処に居るのは、アミル一人。
(くそっ、竜だと? ありえねぇ!)
 全力で魔術を使って尚、どうにか光熱を防いでいるだけの状態に、このままでは直ぐに訪れるだろう最悪の結末が頭を過って、アミルは舌打ちをする。全力の結界すらこの短時間で何度も壊されて張り直している。普通の魔術士であれば今頃既に死んでいる。しかしアミルですら、この繰り返しが長時間保つ筈も無い。
 後ろに庇っているサフだけでも逃したくても、その余裕すらない。
 絶対的な、力の差。
 過去の事例では高次生物により竜が倒されるという事も何度かあったが、今この時天使や魔族の存在を期待するのも非現実的で、どうにか場を保ちながら必死に打開策を考える。
「僕も何か」
「動くなっつってんだろ!」
 剣を抜いたサフに気づいたアミルは、思わず少しだけ力を割いて魔術を使ってしまった。かくり、と力を失った少女の体を抱きとめて、息を付く。
 本人の意思に反して眠らせるなど、やりたくはない。だが性格的に大人しくしていなさそうな少女を前に、どうしようもなかった。魔物ならまだしも竜となってしまうと、どんなにサフが有能であろうとどうしようもないのだから。
 少し力を割いた分だけ弱まった結界を突き抜け飛び込んできた光熱の礫から、腕の中の少女を守る。代わりに全身に傷が出来たが、それも気にならない程に現在の状態は追い詰められていた。
(心中ってのは、ちょっと遠慮してぇな?)
 柔らかな腕の中の存在。
 何を置いても、守れればと思う。
 直ぐに結界を強化して、サフを傍の壁の窪みにそっと下ろす。
(全く、竜も知ってるって、どういう生活してきたんだかお前は)
 近年は全く確認されていない筈の竜を知っている事を問いつめるのは、無事生き延びられたらという事にしておく。そしてここで自身が生き延びなければこの少女も生き延びられない事が、最悪の状況を前にして諦めという感情をアミルから奪う。
 竜を倒し、生還しなければ。
 『虚ろ』の少女は、どちらにせよ生きられない。
(待てよ?)
 今尚、竜からの光熱は続いている。その全てを防ぎながら、アミルは金の髪の少女を見下ろす。魔術士の間では秘宝とも呼ばれる『虚ろ』である存在。それは、世界のエーテルを常に高濃度で集め続け、ただの魔術士ですら『色付き』を凌駕する力を与えるもの。
 そうと意識して手を伸ばせば、サフの周囲に高濃度のエーテルが漂っている事を感じられる。
 これ程に高濃度のエーテルはアミルも初めて感じるが、サフと繋がっているものだと思うが故か、それは柔らかくて温かいものに思えて、状況としては悪いにも関わらずアミルは思わず笑ってしまった。さっきまで感じていた不安感が和らいでいく。
「悪いな。ちょっと、助けてくれ」
 囁いて、伸ばした手で眠る少女の金糸に触れる。
 そして周囲のエーテルを集める。高濃度のそれは、アミル自身の魔力より遥かに大きな力を齎してくれる。力さえあれば、あとはアミル自身の魔術の能力が全てを解決出来る。竜であってもそうそう負けはしない。
 本当に、こんな事でもなければ『虚ろ』としてのサフの力を利用する気など無かったのに、と思いながらも、力が流れ込んでくるのは心地よい感覚だった。それがいつも少女の傍にある力だからなのか、自身の魔力に溶け込んでいくエーテルが、まるで彼女の温もりのようで。
 抱きしめたときの感触を思い出した。
 本当に場違いだと思いながらも、アミルは安堵してしまった。
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