姫と魔術士 2

文字数 2,886文字

 アミルと違ってまだ荷物は自室にあったサフは、アミルの転移で寮の自室まで戻っていた。
 そして自室で荷物を鞄の中に纏めながら彼女は混乱している頭の中を整理するように話している。その傍では手伝うアミルが、彼女の余った荷物を何処かに魔術でぽんぽん転移させていた。本当はまとめて捨てる予定だったのに彼が駄目だと言うので処理を任せた。
 本人の話では送り先はアミル自身の育った広すぎる家で場所に問題ないという事なので、今はサフも好きにさせている。
 というよりも、その行為を気に留めるだけの余裕が今の彼女には無かった。
 はっきりとした話は分からないが、サフが分かる範囲だけで考えれば、皇国が彼等を引き止める為に何らかの手段を(それもあまり良く無い方向のやり方を)とろうとしているようにしか思えないのだ。
「サフ? あの、二人の心変わりとかは?」
「あり得ない」
 おすおず問いかけたアミルにはっきりと即答する。
 あの二人に限って心変わりというものは考えられない。何より彼等は自分達が皇国に残る事による問題を既に理解している。もしかしたらサフ自身より今では実感しているかもしれない。
 彼等は、元から進んで何処かに縛られる者達ではない。
 そして残念ながら今の王家にサフ以外で彼等を従えるような信望熱い王族はいない筈だ。仮にいたとしても彼等は己の存在が国に所属する事による問題を理解しているから、それは受けない筈だ。
 だから、おかしい。
 何かが行なわれようとしているようにしか思えないのだ。
 例えば、そう。
「ねぇ、アミル」
「何?」
 数少ない服をリュックに詰めながらサフは問う。
 恐らくは相当に強い力を持った魔術士である少年に。
「例えば、この前アミルがクレイ達にかけていたような記憶操作? みたいなものは、クリアにも出来るの?」
 そう、金の称号を持つ魔術士であるクリアが崩されれば、魔術という部分において彼等は殆ど抵抗力を失うだろう。そんな卑怯な手段も考えられるのが一部の王族や幹部には存在している。
 彼女の問いにしばらく沈黙したアミルは、困った顔で首を傾げ、言う。
「まぁ、結論としちゃ、大きな意味では『出来る』というのが正解だな。でも、相手が色の称号の術士となると正直それは殆ど不可能っていう追加説明をしなきゃなんねーんだ」
「殆ど?」
「おう。あの手の術は、あー、その、使う側と使われる側にかなりの力量差があって初めてかけられるもんなんだよ。例えば使われる側が色の称号を持ってる程になると、正直同じく色の称号を持ってたって成功率は五割を切るだろうよ。クリアは金の称号だろ? そんな相手に普通の魔術士が何人集まろうがぶっちゃけ無理な訳」
 だから、殆ど不可能。
 そう説明するアミルだが、表情は曇ったままで、明らかに何かを言い淀んでいるようだった。
「じゃあ、仮に出来るのは?」
「同じく色の称号を持ってる魔術士か、後は魔術士のなかで一番偉いおっさんならほぼ確実に可能。でも、前者は称号の規則によって他の称号の魔術士を襲う事は禁じられてるし、後者は尚更ありえねぇ。国家経営なんぞに一々首突っ込むようなやつじゃないしな」
 説明も歯切れが悪い。
 明らかに何かを言い淀んでいる様子のアミルの方を、整理する手を休めて見れば、彼はお手上げとばかりに苦笑して溜息をついた。
「わーった。言うよ。俺が思いつくもう一つの方法が無い事も無い」
「…………お願い」
「魔術士封じっていう術があんだ。まぁ完全に封じる訳じゃねーんだけども、その中では特定の相手の力を弱める事が出来る。但しそれは弱めたい相手の力量によって用意が大規模になる訳で、普通であれば考えられない手法なんだが」
「国ぐるみでどうにかしようとしている場合には、考えられるんだ、ね?」
「ま、そういう事。それを用意した上であの手の術を使われたら、いくら色の称号を持ってても魔術を喰らう可能性は普通の魔術士と同じ位になる。最も現実的なやり方とすれば、これだ」
 最後の荷物を消し終えてアミルは床にぺたんと座り込む。
 丁度サフの向かいだ。
 何処か浮かない顔をしているのは、他にも何かあるからなのだろうか。ひっかかった節回しを思い出して少女は魔術士の少年に更に問う。
「最も現実的、ってことは他にあり得るの?」
「まぁな。例えば、贄を差し出して魔族と取引するとか。でもこの場合色の称号を持つ相手となると、贄も普通じゃ絶対ありえねぇ。それこそ何百人分の命なんかになっちまうから、こっそり進めるにゃあまりに無茶な話だろう。そもそもそれが出来る程の高位悪魔を召還するのは、それこそ色の称号でも持ってないと無理だから、コレは無いだろう」
 色を封じる為に他の色の称号の魔術士が必要になる。それは、1人の魔術士をどうにか引き止めたい側が行なうには余りにおかしな話だろう。色の称号を持つ存在が欲しければ、その協力してくれる相手を引き込めば良いのだから。しかし。
 不意に疑問に思った彼女は少年に問う。
「他の色の称号を持った魔術士が協力してたら?」
「それこそ、非現実的だな。色の称号を持ってる魔術士は基本的に他の色の称号を持ってるヤツに積極的に関わろうとはしない。ソイツは出来る限りしないよう上から指示を受けてるからだ。ましてや、魔族の召還なんぞする訳が無い。他界との積極的干渉は余程の事情が無い限り色の称号の魔術士に禁じられてる行為だからな」
「そうなんだ」
 魔術に精通しているらしいアミルが言うのだから、間違いないのだろう。
 二人の心変わりはあり得ず、残る可能性はアミルの言う魔術士を弱める術が最も高いとするなら。
「じゃあ、その、魔術士封じの術をどうにかしないといけないんだね?」
「そういう事。但しそれも幾つか問題がある」
 向かいに座っている少年は難しい顔をして頭を掻いている。色々考えているのだろう、その言葉を待つ彼女に、しばしの間の後で言葉の続きが与えられる。
「術には反発ってもんがある。色の称号を封じる程の術ならもう準備は始まってるだろうけど、一旦始まったこの手の術を途中で止めさせちまうと、その規模が大きければ大きい程、術を使おうとしてるヤツに返ってくる反発もでかい」
「例えば?」
「そうだな、力を殆ど失うか、下手をすると命まで失われるか。ヒトを呪わば穴二つ、ってか」
「!!」
 そこまでして引き止めたいのか。それとも絶対の自信を持っているのか。どちらにせよ不快な方法である事に変わりはなく、アミルが言い難そうにしているのもそのせいなのだろう。
 だが、そんな方法をとるような誰かがいるような王宮であるのなら、尚更に。
「止めなきゃ」
「おう。サフがそう思うなら協力する。ってか同じ、まぁ、魔術士として、解ったからにゃあ、ソコは止める義務があるしな」
 迷わずそう言ったアミルは付け足すように理由を並べて、笑った。
 最早彼を止める術は無く、そして彼女自身魔術に対してどう対処して良いかも解らない限りは、彼の助力は絶対に必要となるだろう。
 結局彼に色んな面で頼るのだ。
 いつか、その恩を返せる日が来るだろうか。
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