彼女のお財布事情
文字数 1,609文字
皇国までの道は近くない。
快適に旅をしようと思えば当然、できるだけ多くの町を経由し宿を確保しながら向かうことになる訳で、着くべき期日が限られていることを思えば寄り道はさほどできないものの、自然といろんな町を訪れることになる。
その際に重要になってくるのは路銀の残高だ。先立つものがなければ宿泊がままならない。
いざとなればどうにでも稼げる目処はあるものの。
そういえば、とアミルは問いかける。
「サフは金ってどうしてんだ?」
互いに、ずっと学校暮らしだ。
アミルは入学費から何から全部自分で用立てたけれど(命令したって主がどうにかしてくれるわけではない)、そういえばサフはその辺どうしていたのだろうと思う。
どっちも全寮制で、その寮費だってバカにならない。
女子魔術学校も伊達にお嬢様が集まる学校ではなかったので、必要費用が普通の学校の比ではない。その兄弟校である戦士学校の方も結構な費用がかかった筈だし、日常生活だって外に出ずとも金が必要な場面が多かった筈だが……。
「お財布あるよ」
「……いやそれはわかってんだが」
こんな世間知らずの元お姫様が、そういうことを把握しているように思えないのだ。課題の時は元より、一緒に旅をし始めても今なお、金を使う行為に不安がつきまとう。まるで幼児に金を持たせているような気分が抜けない。本人は物欲なんてないので、賑やかな街に行っても無駄な買い物など滅多に興味も示さないとはいえ。
この不安はどこから来るんだろうか。
いくらなんでもこの年齢の少女に抱くべき不安ではないのだが……相手はサフである。
自分がいくら持っているのかの把握も怪しい可能性だって否めない。
そんなわけはないだろうと思う彼に、最近ようやく少女らしい見た目を取り戻しつつある彼女は鞄の中から財布を取り出して渡してくれた。
「お金はお財布にあるんだよ」
「そりゃそうだろうが」
旅の危機管理的にはむしろ財布だけに金を入れず幾つか分ける、なんて常識すら無さそうな彼女から財布を受け取ったアミルは……そのあまりの軽さに絶句した。この辺りで主流の貨幣が入っている重量ではない。試しにちょっと振ってみるけれど、びっくりするほど音がしない。
「なぁサフ」
「何?」
「金のない財布は役に立たないんじゃね?」
本当にこいつ金をどうしてたんだ、と思う彼に。
「何言ってんの?」
その財布を取り戻したサフが中に手を突っ込んで、金貨を取り出した。それも数枚。
「は!?」
「言ったじゃない。お金はお財布にあるんだよ」
「いや待てそんなもん入ってる重さじゃなかったぞ今!」
再度財布を借りて、今度は中を見てみるが……やっぱり何もない。
「どっから出たんだその金貨……何も入ってねーだろこれ」
「必要な分だけ出てくるんだよ」
そう言いながら目の前でサフが金貨を財布に戻し……その金貨は、財布の影の中にするりと消えた。
その瞬間、感じたのはかすかな魔術の痕跡で。
考えるのも嫌な結論にたどり着いたアミルは、そっと財布の口を閉じながら彼女に確認する。
「この財布をくれたのは誰だ?」
「おじさま」
…………あんの野郎、どんだけ溺愛してんだ。
望むだけ金を出す財布とか、彼女が浪費家だったらどうするつもりだったのか。
まぁ出自が出自なので金の出処はどこかにあるのだろう、が。総額を本人に把握させないまま何の説明もせず自由に使用させているのを、無駄な溺愛と言わず何と呼ぶのか。
こんな技が出来るんなら自分にも同じものよこせ、と一瞬思ったものの、あの浮世離れした魔術の王にそんな気を使われたらそっちの方がよほどうすら寒いということに気づいて、アミルは考えるのをやめた。ついでに金の出処に関しても考えるのをやめた。
ただし。
知ってからはサフに金を使わせると、同時にあの主に借りを作るような気がしてしまい、その後の旅路の資金は二人分、全部自分で出すのをひっそり決意するのだった。
快適に旅をしようと思えば当然、できるだけ多くの町を経由し宿を確保しながら向かうことになる訳で、着くべき期日が限られていることを思えば寄り道はさほどできないものの、自然といろんな町を訪れることになる。
その際に重要になってくるのは路銀の残高だ。先立つものがなければ宿泊がままならない。
いざとなればどうにでも稼げる目処はあるものの。
そういえば、とアミルは問いかける。
「サフは金ってどうしてんだ?」
互いに、ずっと学校暮らしだ。
アミルは入学費から何から全部自分で用立てたけれど(命令したって主がどうにかしてくれるわけではない)、そういえばサフはその辺どうしていたのだろうと思う。
どっちも全寮制で、その寮費だってバカにならない。
女子魔術学校も伊達にお嬢様が集まる学校ではなかったので、必要費用が普通の学校の比ではない。その兄弟校である戦士学校の方も結構な費用がかかった筈だし、日常生活だって外に出ずとも金が必要な場面が多かった筈だが……。
「お財布あるよ」
「……いやそれはわかってんだが」
こんな世間知らずの元お姫様が、そういうことを把握しているように思えないのだ。課題の時は元より、一緒に旅をし始めても今なお、金を使う行為に不安がつきまとう。まるで幼児に金を持たせているような気分が抜けない。本人は物欲なんてないので、賑やかな街に行っても無駄な買い物など滅多に興味も示さないとはいえ。
この不安はどこから来るんだろうか。
いくらなんでもこの年齢の少女に抱くべき不安ではないのだが……相手はサフである。
自分がいくら持っているのかの把握も怪しい可能性だって否めない。
そんなわけはないだろうと思う彼に、最近ようやく少女らしい見た目を取り戻しつつある彼女は鞄の中から財布を取り出して渡してくれた。
「お金はお財布にあるんだよ」
「そりゃそうだろうが」
旅の危機管理的にはむしろ財布だけに金を入れず幾つか分ける、なんて常識すら無さそうな彼女から財布を受け取ったアミルは……そのあまりの軽さに絶句した。この辺りで主流の貨幣が入っている重量ではない。試しにちょっと振ってみるけれど、びっくりするほど音がしない。
「なぁサフ」
「何?」
「金のない財布は役に立たないんじゃね?」
本当にこいつ金をどうしてたんだ、と思う彼に。
「何言ってんの?」
その財布を取り戻したサフが中に手を突っ込んで、金貨を取り出した。それも数枚。
「は!?」
「言ったじゃない。お金はお財布にあるんだよ」
「いや待てそんなもん入ってる重さじゃなかったぞ今!」
再度財布を借りて、今度は中を見てみるが……やっぱり何もない。
「どっから出たんだその金貨……何も入ってねーだろこれ」
「必要な分だけ出てくるんだよ」
そう言いながら目の前でサフが金貨を財布に戻し……その金貨は、財布の影の中にするりと消えた。
その瞬間、感じたのはかすかな魔術の痕跡で。
考えるのも嫌な結論にたどり着いたアミルは、そっと財布の口を閉じながら彼女に確認する。
「この財布をくれたのは誰だ?」
「おじさま」
…………あんの野郎、どんだけ溺愛してんだ。
望むだけ金を出す財布とか、彼女が浪費家だったらどうするつもりだったのか。
まぁ出自が出自なので金の出処はどこかにあるのだろう、が。総額を本人に把握させないまま何の説明もせず自由に使用させているのを、無駄な溺愛と言わず何と呼ぶのか。
こんな技が出来るんなら自分にも同じものよこせ、と一瞬思ったものの、あの浮世離れした魔術の王にそんな気を使われたらそっちの方がよほどうすら寒いということに気づいて、アミルは考えるのをやめた。ついでに金の出処に関しても考えるのをやめた。
ただし。
知ってからはサフに金を使わせると、同時にあの主に借りを作るような気がしてしまい、その後の旅路の資金は二人分、全部自分で出すのをひっそり決意するのだった。