選びとる未来 1

文字数 3,963文字

 ふいに意識がはっきりとしたアミルは、周囲を見回した。
 殆ど白ばかりで構成されているその世界を見た事がある。それは数年前、世界とは一線を画する全く別の場所、次元の狭間。理解した瞬間に、嬉しく無い現在地にはぁーっと深い溜め息が出た。この場所にアミルが居るという事は、ここの主も直ぐに出てくるという事で。
「溜め息などつくものではない」
(やっぱりな)
 現れた次元の狭間の主に、アミルは複雑な顔のままでそちらの方を振り返った。
 以前見た時と全く変わらない姿の男が、いる。
 アミルに理不尽な要求を突きつけて来た、相手。全ての魔術士の頂点に立つモノであり『色付き』を指名する権利を持った唯一の存在。人間なのか、そうでないのか、実際に会って会話しているアミルですら確証が保てない相手。
 それにしても、一体いつの間に自分はこの場所に来たのだろう、とアミルは経緯を振り返ろうとする。
 思い出すのは、竜、そして金の髪の少女。
「夢渡りだ。お前の夢に干渉している」
 はっと青ざめたアミルの考えを読んだかのように、次元の狭間の主は告げる。
 夢渡りは、意識の無い相手の深層意識に魔術で干渉するもの。夢という形ではあるが、実際の意識に干渉出来る方法である。相手の精神に直接干渉しようとするものであるから魔術としては高度な部類に入るし、抵抗力を踏まえれば『色付き』であるアミルに干渉するなど同じ『色付き』相手でも不可能に近いが、魔術の王であれば容易であるらしい。
 人から意識に干渉されるのが心地よいものである筈も無く、アミルはがしがしと頭を掻いた。
「で、何だよ」
「どうだった、『虚ろ』の少女は」
 目の前の次元の狭間の主である男は鷹揚な態度で腕を組み、そんな事を尋ねてくる。
「サフか? おっさんがそれを訊くのかよ?  おかげさまで元気だよ。さっきも怒られたばっかだ。やっぱりあいつのために俺はあんなとこに入れられたのかよ」
 目覚めた記憶が無いから、恐らく力を使い果たして意識を失っている所に、夢渡りをされているのだろうとアミルは検討をつける。力を使い果たしているのだから、普通に眠っているときよりは、格段と夢渡りもし易いに違いない。
 眠る前の、泣いている少女の顔を思い出して、気まずい気分になる。
 今更、目の前の男を責めたい訳ではない。それよりも、今頃あの洞窟で一人、自分の目覚めを待っているだろうサフの様子の方が気にかかった。夢渡りは時間の概念は殆ど無くなるので、ここで何時間話そうが現実に影響する訳ではないが、長居はしたくない。
 目の前の魔術士の王は、そんなアミルの様子を少し窺った後で、ふいっと顔を背ける。その動きに長い銀の髪がされりと流れて、散った。
「元気なら、良い」
(ってオイ、何だその反応は)
 この人外にも思える存在が、誰かを気遣うなどさすがに予想外も良い所で、思わず凝視してしまったアミルだったが、相手はそれ以上何かを言う気も無さそうだったので、仕方なく口を開く。
「なぁ、あの子をこの先どうするつもりなんだよ、アンタ。何か知んねぇけど、賞金首にもなってるみたいだし、今は良くてもこの先、サフが生きていくには誰か必要じゃねぇのか?」
「それは、彼女が決める事だ」
「俺をここまで巻き込んだヤツがそれ言うかオイ」
 配下とはいえ、アミルを性別を誤摩化してまで女子学校に数年も拘束する。そんな命令を出す時点で、どういった感情かは不明であるが、この次元の狭間の主にとってサフが特別な位置にいる存在である事は明らかだった。
 アミルだって、歴史上これほど理不尽な命令をされた『色付き』など間違いなく自分だけだろうという嫌な自信がある。
 胡乱気に睨んでくる少年魔術士に、彼方を見ていた緑の目を戻した次元の狭間の主は、それでも堂々とした態度で言う。
「彼女には帰る場所も残っている。どうしたいかなど、強制出来るものではあるまい」
 その言葉に、アミルの脳裏に甦るのはサフの言葉。
 泣きそうな顔で、笑っていた事。
「本人は、帰れないって言ってたけどな。あの二人をこれ以上拘束出来ないとか」
「そうか」
 頷いた男は、明らかに何かを知っている様子であったけれど、それを問いつめようとは不思議と思わなかった。訊くのならサフの口から訊きたいと、アミルは思っていたから。
 だからそのまま話を続ける。
「この前の本人予想じゃ、世界をふらふらするんだとよ」
「ふっ。それも、良いだろう」
「ってだからアイツは『虚ろ』だって。一人でふらふらしてたらあっという間に壊れんぞ」
 あまりにあっさり笑う目の前の男に、そろそろボケて来てんじゃないかと思いながらアミルは突っ込んだけれど、相手は表情を変える事無く言い放つ。
「運良く、無職の『色付き』が一人余ってるからな」
「待てコラそれは俺かっ!? 俺の事か!!」
「勿論、見捨てるというのなら止めはしない。その時には仕方あるまい、彼女にはここで一緒に暮らしてもらおうか」
 にやりと笑いながらそんな事を言うこの男は、自分の内心など既にお見通しなんじゃないかと思うアミルであったが、その証拠を掴ませてくれるような優しい心根の相手ではない。
 舌打ちをして、アミルは「やってられっか」と呟いたけれど、勿論サフをこんな何も無いような場所で、次元の狭間の主と二人暮らさせるような気など毛頭無かったから、選べる選択肢など一つしか無かった。
 苛々と顔を片手で押さえた少年に、次元の狭間の主はくすりと笑んだ。
「ところで、竜を倒したな、アミル」
「あー、そういやそんな事もやったな。あーもう信じらんねぇよあんなの我ながらよく一人で倒せたもんだ」
「そうだな。お前は歴代の『色付き』の中でも五指に入るだろう。今回の働きは天使たちも手間が省けたと喜んでいた。お前の名は天界と魔界にまで知れ渡ったぞ」
 次元の狭間の主は人間で唯一高次生物である天使や魔族と渡り合えるらしいという話は噂や伝説でアミルも知っていたけれど、当の本人の口からその存在があっさり出てくる所から、事実親しい付き合いをしているのかもしれない。
 だが、アミルからすれば身近でない天界や魔界などどうでも良い。ましてや天使や魔族など、遠い存在過ぎて、彼らの話題に上っていると言われても実感が湧かなかった。
「嬉しくねぇ。つか、省けたとか言ってるくらいならとっとと倒してくれりゃよかったんだ。お陰でこっちは酷い目にあったんだぞ」
(サフには泣かれるし)
 本音のぼやきは、さすがに口には出さない。
 くつくつと笑いながら、次元の狭間の主は「そう拗ねるな」と言いつつ宙空にすいっと手を差し出した。そこからするすると形を表すのは、一本の杖。頭に精緻な、銀を使用した葡萄の蔓が這い宝玉の房が実っている装飾が施されているが、全体としては木の杖で、さほど強度も無ければ力が込められているようにも感じられない。
 一体何なのだと思いながらそれを見たアミルに、相手はひょいっと杖を投げて寄越した。
 危なげなく受け取ったアミルは、触れた瞬間全身毛羽立つ。
「それが、天使たちからお前宛に預かった今回の報酬だ。奴らが報酬を用意して、しかも自分たちのものを渡そうなどと、滅多に無い事だぞ?」
「何だよ、コレ!!」
 明らかにただの杖では無かった。触れただけで、杖の内部から放出される力の流れに引き摺られそうになる。少なくとも人間が作り出し普通の魔術士が使用出来るような杖ではない。例えるなら、杖自身が魔術士である。しかもかなり性格の悪い方の。
 白々しく笑いながら次元の狭間の主は説明をする。
「破幻杖。天界から人界、魔界まで貫く世界樹の幹から天使が精製したものだ。軽いが、強度は金剛を上回る。魔力を増幅ではなく『複製・蓄積』させる。世界の経験を残していく世界樹の特性上、魔術の蓄積も出来る。よって二重、若しくはそれ以上の魔術も使用出来るようになる。今お前が杖から感じている力は、杖が読み込んだお前自身の力だ」
「げ」
 言われれば、少し経てば杖から出ている力の流れは無くなっていた。正しくは無くなったのではなく、アミルのものを複製し終えた為に違和感が無くなっただけなのだろう。
 持った瞬間に感じた感覚は正しかったが、それはそれで複雑な気がするアミルである。
 そして目の前の男はあっさりと、畳み掛けるように嫌な発言をしてくれる。
「良かったな。今後何時竜と遭遇しても今回よりは楽に退治できる。その杖自身は世界樹の属性によりエーテルをお前の魔力と同等量、集め続けるから魔力が尽きる事も無い」
「この先も俺を竜と戦わせる気か天使共はっ!! いらねーこんなのノシつけて返すっ! ってか返しとけ!!」
 手の中で既にしっくりと安定してしまった破幻杖を、人が悪い顔で笑っている魔術の王に対し突きつけたが相手は全く意に介さずに、腕を組んで言う。
「もう一つの特徴は、それ一つで魔術士の代理が可能な事だ。分かるか?」
「だから話聞けって。コレ返す」
「破幻杖に一度魔術士を記録させると、それ以上の器を保つ魔術でない限り上書きは出来なくなる。相応の魔術士を記録しておけば、破幻杖はその魔術士と同質の魔力場を発生させる。もちろん同質であるから本人の魔力場とは反発しない。この破幻杖はもう、お前の魔力を読み込んだな?」
 びくり、と動きを止めるアミルは、相手が言おうとしている事の先に気づいてしまった。
 手の中の、破幻杖。
 話が本当であれば、それはアミル自身と全く同質の魔力場を既に作り出しているという杖。少年の考えを読むかのように、次元の狭間の主は、笑う。
「お前より、それを必要としてる者がいると、思わないか?」
「~~っ!! 分かったよ、貰っといてやる。でも、今回だけだからなっ」
 叫んだ瞬間、世界が暗転した。
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