増えていく不安 1

文字数 2,917文字

 戦士学校も、あと三ヶ月で卒業出来る事が決まった。
 ここまでくれば残った課題も無く、殆どのものは就職も決まっている為、後は就職先に行った時に困らないように自己の鍛錬を積むだけの日々になる。授業もこの時期になれば殆ど発生せず、毎日それぞれが思い思いに鍛錬に時間を使う。
 歴史が古く、それなりの戦士を輩出して来たこの戦士学校は、勿論授業なども厳しく、入学者と卒業者の数が一致した事など一度も無い。半数近くに減るその中で生き残って来た者達にとっては、その毎日を鍛錬に使うのは当たり前の事として認識されているから、サボりも発生しない。
 それは、卒業後の就職先が決まっていないサフも同様だった。
 その日も昼過ぎに練習場へと向かっていた。通る廊下からは、下の学年の授業の音などが響いて、どこか郷愁が漂っている。
 男子のみの戦士学校に居ながら女である彼女は、しかし入学時から常に一位という華々しい成績を残していたから、当然のように様々な場所から引く手数多であった。しかし女であるという一点によりそのどの申し出に対しても首を振る事は無かった。
 戦士学校では、どこにも雇われず傭兵になる道を選ぶ者も少数ではあったが存在したし、そういう者はそれなりの功績を残していることも多かったので、学校側は特に強要してくる事は無い。その辺を隣の魔術学校にいる友人に話したとき、同じような状況下にいる彼は「ウチとは大違いだな」と笑っていた。
 そう、サフはつい最近、この戦士学校に来て初めて、自分の事情を知っている友人のような者が出来た。
 先日あった隣接する女子魔術学校と共同で行われる課題において、サフと組む事になった女子魔術学校の万年一位であった者。さらさらした茶の髪に、赤みがかった紫の目が印象的な、可愛らしい少女といった容姿を持っていたその人は、実際には男であった。
 課題の中で互いの性別が同時に判明した訳だが、彼、アミルの方は分かった以降もそれまでと殆ど変わらない態度で接してくれる事が、サフが信頼を寄せる理由である。
 性別が分かる前から、アミルはいつも彼女の事を気にしてくれていたし、色々世話を焼いてくれた。分かった後、そして課題を終わった後であっても、それは変わらないまま続いていて。
 男子戦士学校の中でサフが見て来た同年代の男達とは、何処か一線を画していた。
 一緒にいるのは楽しかったし、安心出来た。
 けれど。
 最近、時々であるけれど、彼女はアミルと一緒にいると気拙い気分になる事が増えた。
 練習場へと向かう道すがら、サフは昨日の事を思い出して頬を染めた。

 アミルは、魔術の事など殆ど知らないサフから見ても、明らかに普通の魔術士とは格が異なる魔術士である。それが彼女の勝手な思い込みでない事は、以前課題の中で偶然遭遇してしまった竜をアミルが一人で倒してしまった事からも明らかだ。
 竜は明らかに人の手には余る生き物。
 それにあの後、少しだけ調べたのだ。
 歴史上、竜を一人で倒した魔術士など存在しない。それこそ、魔術士の中で選ばれた者だけに与えられる『色付き』をも凌駕する所業だ。
 そんな少年は、毎日ではないが、よく寮の中にあるサフの個室へとやって来る。
 一応表向き女人禁制である男子寮に、女の子のフリをしている彼が真っ当な手段で入って来ている訳ではない。転移魔術でひょいっと、現れるのである。魔術士として才能にあふれる彼は、何の苦もなく高等魔術だという転移魔術ですら日常の中で使いこなす。
 その日現れたアミルは、出て来た瞬間落ち着かない様子できょろきょろと周囲を見回した。そう広く無い部屋の中、寝台の上で洗濯物を畳んでいた彼女を直ぐに見つけて声を上げる。
「サフ!」
「? そんなに大声出したらバレるよ」
 個室であるが、それほど壁は厚く無い。
 最早彼が来るのは日常の話で、サフの方は驚く事も無く注意したが、彼の方は興奮した様子で寝台の端に腰を下ろす。その手には黒の飾り布の掛かった青の小箱が握られていた。
 その箱をアミルはぐいっと差し出す。
「ホラ、これ」
「何?」
「お前、今日誕生日なんだろ?」
 言われた瞬間に思い出した。そういえば二週間程前にアミルにそれを訊かれ、素直に答えた記憶があった。
「そんな、別によかったのに」
「いーから開けろって」
 何も期待していなかった。思わず彼をきょとんと見上げてしまったサフに、彼は楽しそうな顔をして箱を押し付ける。こういう時、確かに顔は中性的で女の子に見えない事も無い綺麗な顔なのに、アミルは男以外に見えないと彼女は思う。
 触れた手も、少しだけサフより大きいのだ。
 言われるがままに箱を開けると、銀の腕輪が入っている。装飾は殆ど無く、小さな青い石が埋まるように一個ついているだけ。箱から取り出したそれをまじまじと眺めるのを、アミルの手がひょいっと取り上げてサフの右手にするりと嵌めてしまう。
 かちりと音がして、それは外す事が出来そうに無い程かっちりと腕に嵌められた。
「え? ちょっと、アミル、これ」
「おーし、ピッタリだな」
 満足げに頷くアミルだが、彼女からすればいきなりで戸惑うばかりである。左手で腕輪に触れて彼を見上げる。指先に感じる腕輪の感触は冷たくて、つるつるとしている。
 右の方の手は、まだ彼に取られたままだ。
「外せるの、これ、ねぇ?」
「付けてすぐに外す事なんて考えられちゃ悲しいんだけどなぁ」
 ふわりと笑う顔は、優しい。この顔を見ると最近動悸が乱れる。
「外せるけど、これは、出来るだけ外さないでくれ。護りの魔術をかけてあるからさ」
 そう言って、握ったままの彼女の手を一度だけぎゅっと握りしめてきたから、更にドキドキと鼓動が早くなった。最近のアミルはこういう風に触れてくる事が多くて、そしてサフはそれに全く慣れていなくて、触れられる度に動揺してしまうのだ。
「でも」
「別に戦士学校じゃ、こういうの駄目って規則も無いだろ? それに一応、男がつけたっておかしく無い形を選んだんだぞ? まぁ、サフならどんなものだって似合うだろうけど。女の子として付けてもこれなら大丈夫だし」
 楽しそうに言うアミルは、確かにサフの性別を知って以降も殆ど何も変わっていない。
 変に世話焼きな所や心配性な所、そしてちょっと強引な部分も。けれどただ一点、サフを女の子として扱うようになったという部分で、大きく異なっている。それは彼女だって今更アミルを少女扱いは出来ないという部分があるから、理解はできるのだけれど。
「誕生日おめでとう、サフ」
 でも、こうやって大事にされると、怖くなる。
 酷く優しい顔をして、噛み締めるように祝いの言葉を告げられて。はっきりとした言葉を言わなくても、何時も彼は行動で大事にしてくれているのを知っている。
 これまで彼女は自分を大事にしてくれた人達に何も返せていないから、だからこの先アミルもそうなってしまうのではないかと思って、だから気拙いのだ。

(これ以上、大事なものは、増やしちゃ駄目なのに)
 自分の身を自分で守る事すら出来ないのに。
 右の手首に嵌ったままの腕輪を無意識にさすりながら、サフは廊下を少し急ぐように歩いた。
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