目の前で蠢くもの 3

文字数 2,438文字

 突然現れるアミルを、サフは見慣れていたけれど、クレイと雇われ魔術士が知っている筈も無い。
 彼女を背中に庇うような形でクレイ達の前に立ちふさがるように転移してきたアミルの姿に気づいた二人は、見るからに動揺していた。特に魔術士の方は、さっきまでの勝ち誇ったような顔から一転、真っ青な顔をしてクレイを睨んだ。
「聞いてないぞ! 転移するような魔術士がいるなんて」
「あ、アレがサフが付き合ってるらしい魔術学校のアミルって女だ」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ! たかが学生魔術士如きが転移魔術なんて使える訳ねぇだろっ!! しかも杖無しで」
 杖を振り回して叫ぶように言う魔術士の言い分は正しい。アミルは、男という事を差し引いて尚、魔術学校の生徒をしている理由が思い付かない程に力のある魔術士なのだ。サフの贔屓目を差し引いても、どうしようもない程の実力。
 クレイと雇われ魔術士が言い争いをしている様を少しだけアミルは見ていたようだったが、すぐに背を向けサフの方に向き直った。赤みがかった紫の目に見据えられて、びくりと彼女は身を震わせる。
 アミルが不快に思っても仕方ない事をした自覚くらい、あった。
「アレ、この前入り口にいた時、声かけてきたヤツだよな?」
「うん」
 極々いつも通りの口調で話しかけてくる彼に、頷いた。
「やっぱりそうか」
 淡々と答えながらアミルが一歩近寄ってくる。ほんの一歩だけで、手を伸ばせば抱きしめられそうな程の目の前に来た少年は、そのままサフの右手首を掴んだ。動けない彼女を知ってか知らずか、寄せた手首にある腕輪を観察するように見る。
 青の石が嵌っていた場所は、もう何も無い。
 防壁が完全に壊された瞬間に青の石も粉々に砕けたのだ。
「ごめん、石が」
「その為の石なんだから、いい。また作れば良いだけだしな。それよりも」
 アミルの腕を掴んでいない方の手が、すっと宙に伸びたかと思えば、直ぐにその手の中には破幻状が現れた。呼び出したそれをサフに押し付ける。
「持ってな。とりあえず彼奴らをどーにかすっから」
 目の前の魔術士の少年が負けるなんてことは、全く思い浮かばなかった。だが、表情溢れる筈の彼が無表情な所に別の不安を感じて、思わず確認してしまう。
「あの、死なせたりとかは駄目、だよ?」
「分かってるよ。まぁ今後こんなオイタが出来ない程度にしてやるだけだから」
 その言葉と同時。
 ずぅんっと部屋全体が揺れるかのような地響きと、二人の周囲に火柱が上がった。しかしそれは半透明の赤い光の幕に阻まれて、サフの方には熱の一欠けすら届く事は無い。驚きにぎゅっと杖を握りしめた彼女の頭をさらりと撫でて、アミルは原因だと思われる方へと再び顔を向ける。
 クレイと、それに雇われた魔術士。
 魔術士の方は、杖をサフ達の方へと向けている。上がった火柱は数秒で消え去った。
「良い度胸してる。喧嘩売るつもり?」
「こっちも雇われちまった手前、死なない程度に相手しねーといけないからね」
 言葉のわりに魔術士の方に戦意は殆ど無いようで、どうやらアミルとの実力差は理解しているようだった。
 比べてクレイの方は暗い目で彼女の方を見ていて、視線があった瞬間に鼓動が乱れてびくりと身が震えた彼女の前にするりと庇うような形でアミルが割り込む。再び目の前にきた背中に、今度は違う意味で彼女はどきりと胸が鳴るのを感じた。
 アミルの低い声が響く。
「人のモンに手を出しちゃ駄目って習わなかった?」
「本当に欲しいモンに手段を選んでられっかよ。そいつは、俺の方が先に目をつけてたんだ。今更どっかの女に奪われてたまるか」
「言いたい事は分かるけど、理解は出来ねーな」
 小さな声がサフまで届いたけれど、恐らくクレイまでは届いていないだろう。
 自分がそうまで執着される理由からして分からない彼女からすれば、クレイの言いたい事すら分からなかった。縋るように、破幻杖をぎゅっと握りしめる。揺れた杖の先についた葡萄の房飾りがしゃらんと揺れた。
「おい! あいつをどうにかしろっ」
「へいへい」
 魔術士を怒鳴りつけるクレイの声がする。
 それにやる気の無い返事を返した魔術士が、恐らく何か術を使おうとしているのだろう。小さな呪文を紡ぐ声が響くのを、アミルの方もはぁと嘆息してからパシっと指を鳴らす。
 キィンっ、とまるで金属に強く何かを打ち据えたかのような音。
「はい、終わり」
 あっけなく、アミルは終了を告げた。
 呪文を唱えた様子も無く、ただ指を鳴らしただけの行為とその言葉に、サフは訝しく思いながらクレイ達の居る方に目をやって、唖然とする。そこには薄い四方形の箱のような幕に覆われて何か叫んでいるクレイと魔術士がいた。クレイが幕を叩いているが、全く揺らぐ様子もなく、叫ぶ声も聞こえない。
 くるりと振り返ったアミルを見上げる彼女に、あっさりと二人の人間を行動不能にした魔術士の少年はくすりと笑った。
「拍子抜け、って顔してんな?」
「ん、だって」
 彼が何の呪文も無しに転移したりする姿を何度も見ているけれど、普通の魔術士相手にこうもあっさりと勝敗を決する姿を見てしまうと、一体彼はどれだけ実力がある魔術士なのだろうと改めて思ってしまう。竜を倒してしまうのだから、当然と言えば当然の実力なのかもしれないけれども。
 肩を竦めてアミルはひらり、と片手を振りながら言う。
「魔術ってーのは極めれば、呪文だの動作だの杖だのはいらないんだよ。それらは全て世界の深淵に入る為の補助的役割しか無いモンで、本当の意味では魔術の必須条件じゃないからな」
 あっさりとそう言う彼は、やはり魔術士としては別格なのだろう。
 背後で囚われている状態の魔術士が、こちらの音は届いているのかアミルの言葉に目を見開いたのが見えた。
「でも、誰でも出来る事じゃない、でしょう?」
「まぁそだな。こんなこと誰でも出来りゃ、色の称号なんて意味を無さねーな」
 完全に素に戻った状態でアミルは肩を竦めながら、そう言いきった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み