追われている者 1

文字数 2,134文字

 アミル達が向かっている妖精の洞窟は、深い森の中に存在する。
 そこまで行けば、サフを狙っているらしい者達は減るのではないかとアミルは思っていた。さすがに自分の身を危険に晒してまで賞金首を狙う事もないのではないかというのがその理由であったのだが、森に入って数日で考えが甘かった事を知る。
 何処から湧いて出るのかは分からなかったが、サフを狙う者達は一向に減らなかった。
 相当高額なのか、それとも他の理由があるのかアミルには分からない。
 更に狙う者達が減っていない事をサフ本人は知らない。
 最初に狙われた時のような態度に出られてはたまらないと、あれ以降アミルは昼間は広範囲に結界を張り誰も入れないようにすると共に、夜はサフに眠りの魔術をかけた後に結界を一部解いて相手をおびき寄せては始末するという行動を繰り返している。
 こうでもしなければこれまで通りの様子に戻らないだろうというアミルの読み通り、狙ってくる者の気配が感じられなくなって以降、徐々にサフの様子もそれまでのものに戻っていった。
 何処か無防備で、無邪気で、暢気な少年。色々話をするうちに、お人好しや天然、たまに天の邪鬼という性格もある事をアミルは知ったが、それも可愛いとアミルは思ったりして、そんな自分の感情をとりあえず保護欲だと、年下の弟を持ったような気分だと片付けた。
 そうでなければ、ここまで面倒な手順を踏んでまで、サフに普通に過ごして欲しいなどと思う理由にはならない。
 今も、森の中で前を歩く、生い茂っている木々や雑草を剣で適当に排除しているサフの背中を見ながら、また一つ結界にかかった気配にアミルは密やかな嘆息を零す。一日に平均二組はやってくる、サフを狙う者達。
(とりあえず今は腕のいい魔術士はいないからどうにかなってっけど、いいのが来たらちょっと拙いかもしんねーな)
 こっそりかけている事、また毎日のようにかけている事から、使っている結界はそれほど強いものではない。普通の人間や腕のない魔術士程度なら弾くが、そうでなければ通してしまう事をアミルは理解した上で使っている。
 サフを守るだけであればいいが、この旅の目的は課題の達成である事を考えれば、結界に力を入れすぎる訳にもいかない。
「アミル、そろそろ妖精の洞窟につくんじゃないかなぁ」
「え? あ、そう?」
 考え事をしていた分、アミルは話しかけて来たサフへの返事が遅れてしまった。しかし気づかなかったのか、サフは暢気に言葉を続ける。
「うん。何だか、気配が濃くなって来たみたいだから」
 金の髪を揺らし振り返ったサフは、安全な場所でもない森の中に居るというのに楽しげな顔をしていた。仕方ないのだろうとアミルは思う。サフは戦士学校にいた五年近く、全く外には出なかったというのだから。
 こんな好奇心の塊のような少年が、よくそんな日々に耐えられたものだと感心すると同時に、だからサフは自分と同じような容姿をした誰かが賞金首である事も知らなかったのだろうとアミルは結論づけていた。
 サフの言葉にそれとなく辺りの気配を魔術で探ったアミルは、向かう先が確かに濃い魔の気配で満ちている事を認識した。人間ではありえない、それは魔物の気配。
(『虚ろ』は魔物相手は大丈夫なんだよなぁ?)
 一応、気をつけておく。
 そんな事を考えた瞬間、意識の隅でじりっ、と何かが灼けるような音がした。それは、張っていた結界が誰かに破られた音。
(おいマジかよっ!? 噂をすればなんとやらってか?)
「サフ!」
 ついさっき考えていた望まざる未来が早々に訪れて、さすがに嫌気が差したのを表情に隠しきれないままで、それでもすかさずアミルは目の前の少年の手を素早く掴んでいた。いきなり手を握られたサフの方は驚いているようだが、相手を女だと思っているせいか、あるいは元々の暢気な性格のせいか、振り払う事もなく不思議そうにアミルを見るばかりだ。
 一緒に行動し始めてまだ一ヶ月も経たないが、サフはアミルの事を信頼している事を隠そうとしない。いきなりこんな行動をとっても不満を漏らさない程に。
 それは嬉しいが、大丈夫かとも少し思う。自分が本当に女で、下心があったらきっと、この少年はあっさりと騙されてしまいそうな気がする。
 だが、今この時はこの素直な性格は問題ない。
「走るよ」
「え? えぇ?」
 結界を破った誰かと、その連れと思われる誰か達が迫って来ている事を意識の片隅で感じながら、アミルは魔物の気配の濃い方へと真っ直ぐ走り出した。
 人間の気配は、魔物の気配より薄い。そして魔物の気配は、時に魔術の妨げになる。
 安全ではないかもしれないが、妖精の洞窟の中に入ってしまえば一先ず追っ手の目を誤摩化せる事は間違いないとアミルは判断した。アミルの方でも相手の気配が掴み難くなるが、森の中よりは洞窟の中の方が広範囲に開けていない分、撃退もし易い。
 片手に杖を握り締め、もう片方にサフの手を握ったまま走る。
(こういう時は杖、鬱陶しいよなぁ)
 その内、サフの言う通り洞窟らしき岩壁にあいた穴が見えた。魔物の気配も濃く、外観からもそれが妖精の洞窟である事は明らかである。
 アミルはサフを連れ、その真っ暗な入り口の中へと飛び込んだ。
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