想いを抱く者 1

文字数 2,597文字

 学校の課題はこなさなければならない。そうしなければ、卒業が出来なくなる。
 水蛇に襲われて以降どこまで流されたのか定かではないが、元の場所に戻るよりは先に進む方が余程容易いとアミルは判断した。あの追っ手達がどうなっているのかは不明だが、気にしていると先に薦めないし、気にする程の力量でもない。
 とりあえず、しばらく体を温め、更に念の為として一晩休んだ窪みから外に出るには、アミルが魔術を使い飛ぶしかない。
「ほら、来い」
 魔術を使うにしても、此処まで色々魔術を使い続けている状況下において、所謂転移魔術は消費が大きすぎる。『虚ろ』であるサフの力を借りればそれでも容易い術だと思えたが、出来る限りアミルは彼女の力を借りるつもりは無かったから、難易度なら同じくらいでも消費の低い方、普通に空を飛んでいこうと考えてサフに手を差し出した。
 何の疑いも無く寄って来た少女が、少し躊躇った後にアミルの手を握る。火は消したけれど、明瞭な視界の中で金の髪がさらりと揺れたのが見えた。さっきまでは無かった戸惑いの様子に、アミルは胡乱気にサフの様子を伺う。
「何だよ?」
「うん、あの、アミルって、戦士学校の男の子とは全然違うなぁって」
「どういう意味だよ」
 違うと言われても、男である事は間違いない。男と分かって以降に女々しいなどと思われてはやってられないと、少し機嫌を下げた彼が問いかければ、サフがふにゃりと笑って答える。繋がれた手を少し上げて示しながら。
「あのね、戦士学校だと、安心してこういうの出来ないから」
「何で?」
(いや、こんな事いつもされてたりしたら腹立つけどさ)
 普通男同士で手を繋ぐなど、そう無い筈だと、男子学校を知らないアミルだって分かる。女子学校ですらそう無かったのだから、間違っていない筈である。一体どういう意味だろうと続きを待つアミルの前で、少女はあっさり爆弾を落とした。
「戦士学校って、油断すると襲われるから」
「はぁっ!?」
「一部さ、変な人がいて、やたら触って来ようとしたりするんだよね。昔一度押し倒された事があってさ、それ以降、もう絶対されないようにしようって思って、結構気を遣ってるんだよ。だから安心出来なくて」
(どうなってんだ戦士学校は!)
 確かにサフは少女めいた容姿をしているし、実際に少女だったのだからそこはどうしようもない。しかし、男だと分かっていて襲うなど、そこにどういう意図があろうとアミルの理解の範疇を超える。ましてそこに性的な意図があるなら余計に許せない。
(それにしても本当、よくコイツ無事でいたよな今まで)
 自身が大事に思っている存在を、今更他の誰かに手を出されるというのは不快で、戻ったら何らかの手段を講じる必要があると考えながら、とりあえず今は棚上げにしようと頭を振って考えを切り替える。
 握った、サフの革手袋に包まれた手を少しだけ上げて、告げる。
「でも、このまま飛ぶ訳じゃねーぞ?」
「知ってる。人を連れて飛ぶのって、凄い難しいんだよね。アミルに任せるよ」
「へぇ? 知ってるって」
「昔、よく遊んでくれた人が教えてくれたんだ。僕を連れて空を何度か飛んでくれたけど、本当は難しいんだって」
 何でも無い思い出のようにサフは話すけれど、アミルは少しだけ目を見開いた。
 彼女の言う通り、魔術士にとって空を飛ぶという事は難易度が高く、特に誰かを連れて飛ぶという行為は更に難しくなる。アミルのいる魔術学校で出来る者は、教師を含めてアミルしかいない。実際世間的に難しいのも、空を飛んでいる人間などそうそう見かけない所から分かる。
 魔力も必要だが、魔術士としての技術がなにより要求される。
 それが出来る存在が、昔サフのすぐ傍に居たという事が意外だったのだ。よく遊んでいたと言うなら恐らく『虚ろ』であるという事も理解していただろうに、よく少女が無事でいたものだとアミルは思う。
(あぁでも、学校に来るまで健康だったんなら、そいつがそれまでサフを守ってたって可能性もあるな。でもって世間知らずの原因かもしれないのか)
 隣に居るサフを見る。
 サラサラとした金の髪に、大きな青の目、幼さの残る顔立ち。間違いなく、小さな頃も可愛らしかっただろう。何となく、猫可愛がりされていたのではないかと思った。今ですら可愛がりたいような容姿なのに、これが小さかったというなら、相当な破壊力だっただろう。
 くだらない事を考えているなぁと、アミルは苦笑しながら頷いた。
「まぁな。とりあえず、暴れるなよ?」
「え?」
 繋いだ手を引き寄せて、細身の体を抱きしめると、びくりと少女は身を震わせたけれど懸命にも暴れたりはしなかった。そのまま抱え上げて、魔術を組み上げて流せば、ふわりと足が地面から離れた。そのまま狭い窪みから出て、流れる水の上をゆっくり上へと上がる。
 アミルは魔導書を読み耽る事がほぼ趣味だが、それと同時に幼い頃から些細な事柄も魔術を使うような面倒臭がりな部分もあった。但し、日常の些細な事柄というのは実際にはかなり調整の難しい魔術を使用する必要が出てくる。それが結果的に魔術の技術を高めてくれた。
 そして元より、呪文や動作を主として魔術を使う普通の魔術士とは、魔術士としての基礎からして異なっている。アミルの使う魔術は基礎が異なっているからこそ、より細かい調整が可能。若くして『色付き』となった理由の大部分をそこが占めると、アミルは思っている。
 ふわりと危なげなく空中を移動する様子に、腕の中で大人しくしているサフが声をあげる。
「凄いね、アミル」
(別に手を繋ぐだけでも同じように出来るっつったら怒るんだろうなぁ)
 サフとしては空を飛ぶにあたって今の状態に疑問は無いらしい。幼い頃サフを抱えて飛んだという魔術士は同じような状態だったのかもしれない。幼子を抱えて飛ぶなら、きっと誰でもその方法を使うだろうし、確かに常識では、飛ぶなら密着した方が調整し易い。しかし彼の魔術の技能は本当はもう少し高くて、まさか下心故に今の密着状態を作っているのだとは言えないアミルである。
 直ぐ傍にある金の髪が頬にかかる感触とか、掴んでいる腰の抱き心地とか、思っていた以上に気持ちよいとか思っているなどと知られれば、間違いなく殴られるような気がするので、表面上はいつも通りを保つ。
 ふわふわと、二人はゆっくり上へと向かっていった。
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