姫と魔術士 1

文字数 2,181文字

 戦士学校の卒業式が終わったその時、サフを出迎えたのは恐らく唯一の縁者と言って間違いないだろう女子魔術学校の卒業式を一足先に終えたらしいアミルだった。
 互いに寮生活だったけれど、元よりこの場所に来る時に私物を持っておらず、更には殆ど学校から出なかったサフは卒業を迎えても鞄一つ程度の私物しか無く、同じく寮生活でしかも私物はとっくに引き払ったらしいアミルに至っては手ぶらだった。
 魔術士の殆どが持つ杖を持つ事も無く、軽装している姿だけを見ると魔術士として見る方が難しい。
 それでも彼は恐らく世界に名を馳せてもおかしくはない程の実力を持つ魔術士なのだろうとサフでも思う。否、金の称号を持つ魔術士を知っているからこそそう思うのだ。アミルは彼と同じか、もしかしたらそれよりも更に上の実力かもしれない。
 そう、ただの魔術士が、どんな偶然が重なった所で竜を一人倒す等、あり得ない。
 まして足手纏いと共に生き残る等と。
 そんな魔術士であるアミルがまさかこの後一緒にいてくれるようになる等、数ヶ月前には思ってもいなかった。それは、心の片隅では母国に残してきている二人の存在を思い起こさせたけれど、彼等を自由に出来るまでにはまだ少し時間がある。
 全てが終わったらあの二人にアミルを紹介しよう。
 そんな風に思っていた彼女は、アミルの方に歩み寄るその間に、卒業式を終えた後の同級生達の語らいの声の内に信じられない事を聞いて思わず足を止めた。
「マジで? 皇国の色の魔術士と黒の戦士が、宝石姫がいなくなっても仕えるって?」
「あぁ、らしいぜ? まだ内々の話らしいんだけどさぁ、何か、皇国の誘いにちょっと渋ったらそんな事を言われたっていう話らしい。本当かわかんねーけどなぁ」
「いきなりだもんな。あの二人といや、完全に宝石姫だけの従者っつー話だったのに、その宝石姫の王籍が除籍になる直前にそんな事言いだされてもそりゃ信じらんねーだろ?」
「そうそう」
 二人の卒業生はそんな雑談をしていた。
 サフにとっては然程付き合いも無い、名前すら覚えていない彼等は確か皇国には就職していなかったと彼女は記憶していた。一応皇国に仕えることにした者達に関しては先日の彼を含め顔と名前を覚えているけれども、学年の者達全員を覚えている訳ではなかった。
 それでもサフは話している二人の片方の肩を掴む。
「ねぇ今の話、何!?」
「何…………あ、サフ! え? 何?」
 しかしサフの方は常に学年一位だったからこそ、相手の生徒が彼女をわからないという事は無い。話しかけられた方は両方驚いた顔をして血相を変えて話しかけてきた、入学から卒業まで学年一位を維持し続けた少年を驚いて出迎える。
「それより、今話してた事! 皇国の」
「あ、あぁ! それならサフさんの知ってるだろう、ほら、エドガーの話だよ。エドガーは結局振ったらしいんだけど、渋った向こうさんがそんな事を言ってきたって、本人が言ってたんだ。詳しい事はエドガーに聞いてよ」
 学年で常に上位五人の中に入っていたエドガー。
 彼ならば様々な国から声を掛けられているだろう。その名を出されたサフは素早く周囲を見回して、目立つ長身を見つけるとそちらの方に走り寄って行く。
 その後ろを困惑気味に「おいどうしたんだ?」と言いながらついてくるのがアミルで。
「エドガーっ!!」
「お? どうしたサフ。何か用事か?」
「話ちょっと聞きたいんだけどっ皇国のっ」
 そう叫ぶように言ったサフに、瞬時にある程度把握したアミルの顔が引き締まる。引き止めようとしていたサフをそのままエドガーの元に走りよらせて、自分はその後ろ、声が聞こえる位置に立つ。
 話しかけられたエドガーの方はちょっと視線を虚空に飛ばして考えていた風だったが、直ぐに思い当たったらしく「あぁ!」とサフの方に向き直る。
「何だ、お前、皇国に興味あったのか? 何処も受ける気がないって聞いてたのに」
「そ、そうだけど、あの、皇国のヒトが、宝石姫の従者が残るって、本当に、言って……?」
「あー、あぁ、うん。そうそう。妙な話だったんだけどな? まだちゃんと決まった訳じゃないんだけど、そういう方向に話を持っていけそうだからとか何とか言ってんだけど、でも具体的な事は全然言わないで怪しい感じだったんだよなぁ。ちょっと信用できねーっていうか」
「でも、言ってたんだよね?」
「おう。一応内密にって話だったけど、まぁ後半年もすりゃあ分かる事だから、いいよなぁ?」
 けろっと話すエドガーの進路は確か傭兵としてしばらく放浪するものだったとサフは聞いている。その時は縛られるのを好まない彼らしいと思ったものだ。しかしもしかしたら、事の真偽がはっきりしてから決めようとしたのかもしれない。
 エドガーは口は軽いが、嘘はつかない。
 少なくとも単なる噂話を吹聴するような人間ではない。この話も、あくまで自分がされた話として近しい者に話したのだろう。
「わかった。ありがとう」
「あ、もしサフも黒の戦士が残るならって考えてるなら、俺とまた逢うかもな!」
 人なつこい笑みでそう言われた方は、堅い表情のままで小さく独り言のように言う。
「それはないよ、エドガー」
「え?」
「ううん。じゃあね、エドガー。元気で」
 そして背中を向けたサフを追いかけるようにアミルが後ろを歩き、二人は会場から出て行った。
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