適当系少女と気になる系少年のささいな攻防

文字数 2,395文字

 卒業してしばらく。
 皇国にはまだ着いていない旅路において、ふと気づいた。
(そういえば髪、伸びたか?)
 女子校で性別を偽っていた時は最低限女子に見える長さにしていた髪を、最近のアミルはもう少し短くしている。自分の髪は定期的に切っているのだが、この時目に入ったのは一緒に旅をしている少女の髪の方だった。宿の中にいる今は元の金糸になっている。
 こちらはずっと男子校だったので最低限男子に見える長さになっていた。学校ではほとんど自分でそれを短く整えていたらしいが、旅に出てからは何かしていたところを見た記憶がない。学校では性別を偽る関係で気にしなければならなかったが、旅に出てその必要がなくなったことで気が抜けているのだろう。
 サフの髪は元から落ち着きのある髪質なので、伸びっぱなしになっているからといって妙なことになっている訳ではない。何も知らなければそういう髪型なのかと思うだろう。特にお洒落など気にしないものなら、放置された結果の髪型であることにすら気づかない程度には、伸びた部分は見栄えに遜色していない。
 が、そこで気になってしまうアミルは、良くも悪くも女子校で数年暮らした少年だった。
「サフ」
「ん? ……ふひゃっ!!」
 宿の部屋、寝台の上で街で入手した新聞を広げていた少女は、突然名前を呼ばれて返事をしたものの、すぐ髪に触れられて声を上げた。慣れない接触で驚くサフを気に留めず、彼は背後から金の髪を手にとって考える。
 やはりちょっと適当に伸びている。長さはバラバラ、毛先も痛み気味。
 みっともないという状態ではないものの……気になる。
「アミル? 何? 何か付いてた?」
「いや、伸びたなーって」
「え? あ、髪? そういえばそうだね。学校じゃないから気にしてなかったけど、切ろうかな」
 アミルの言葉に、特に他意なくサフは言う。
 元より彼女は自分の髪型を気にしたことは一度もなかった。学校に来る前も含め。髪型含め、自分の身なりは「人に不快さを与えない程度ならばどうでもいい」という程度の関心しかないのだ。王女をしていた頃も然りで、幼い頃から己の容姿を飾りたてる概念や興味が薄い。
 なのでここで言った「切る」というのは、学校の時と同じ長さにするという認識だった。別に男装したい訳ではなく、もう数年続けていた習慣が染み込んでいただけだ。サフからすれば髪の長さはどうでもいい。
「お前まさか前と同じように切るつもりか?」
「うん」
「却下」
 が、アミルからすればどうでもよくない問題である。
 もう学校ではない。彼女が男装する理由は……無いわけではないが、重要ではない。賞金首の皇国の王女として見れば男装している方が多少狙われる確率は減るが、男装していたって狙われてたのだからそんなものは誤差の範囲であるし、たかが賞金稼ぎ程度はどうにでもなる。色を変えるなら尚更に。
 そんなことよりも、折角伸びてきた髪を無為に切ってしまう方が大問題だ。
 髪はすぐには伸びないのだし、どう見たって彼女は長い髪も似合う。
「ええ〜、伸ばすの?」
「別にもう男でいる必要はねーんだし。切るとしても整える程度でいいだろ」
「僕そんな切り方知らないよ」
「俺がやる」
 指先で金の髪を撫でつけつつ言う少年に、ちょっとだけサフは考えたが……別に断る理由もなかった。
 元より彼女は自分の髪など、どういう長さだろうが鬱陶しくさえなければどうでもいいのだ。仮にここでアミルに任せて失敗されたとしても、今までと同じ長さにまで切ってしまえば失敗は関係なくなる。
「でも、髪切り用のお店に行った方が」
 他人の散髪というのは意外に技術がいるらしいことを彼女は過去に体験している。多くの街には専門の職の人もいるわけだし、そういう人に任せるほうが楽なのでは、と思ったのだけど。
「俺の腕が信用できないか?」
「違うよ、面倒じゃないかなーって」
「一か所で暮らせてる状態じゃねーだろ。髪切る時期になる度に新しい街の新しい店で一々希望を指定するのも面倒だろうが。それなら俺がやった方が早い」
「そう? そんなに気になる?」
 他人の髪の様子なんてそんなに気にする必要はないのに、と思う彼女は、お洒落に関しての認識は人並みの少女以下だ。最近つけている装飾品も全部、身を守るものだからとアミルから渡されてるものであるし、衣類も自分で買うことはほとんどない。
「べ、別に俺は……そういうんじゃねーけど」
「けど?」
「どうせサフは俺が何も言わなきゃ店選びだって適当にするし、よほど変にならなきゃ気にしねーだろ」
「うんまぁそうだけど」
 切れればどこでも構わないのでそうなるだろう。
「なら俺が切ってもいいだろ」
 譲らない様子に、なんでそこまでアミルがやる気出してるのかなぁ、とサフは思ったが。
 そういえば彼は元から世話焼きな部分があるし、その延長線なんだろう、とあっさり結論づける。
 まさかそこで「どうせ本人が気にしてないなら、できれば自分の好きな感じに可愛くしたい」という彼の本心に気づく位なら、もう少し色々進展しているかもしれない。
 ただし、これが彼女の幼い頃ずっと付き添っていた別の魔術士の青年の場合、ほぼ同じような本心をあっさりと直接伝えて髪を切っているので、仮に伝えたところで特別な意図に取られるかは微妙な所である……という事実は、当然この時のアミルの知る所ではないが。
「わかった、じゃあよろしくね」
「おう」
 応え、すぐに取り掛かるらしく意図的に髪を弄り出した少年の姿に「ベッドの上でやるのかなぁ、あとの掃除が大変そうだなぁ」と思った彼女は、この後に切り終えたと言われて、周囲に髪が全く落ちてない事に驚いたが、魔術だと言われてそういうものかと納得した。

 サフの髪を切るアミルは、その後もずっと髪を切る役目を他の誰にも譲らなかった。
 その意図を彼女が知る日が来るかは……まだ不明である。
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