選びとる未来 4

文字数 1,903文字

 課題の終了を二人が学校へ報告したのは、出立してから丁度二ヶ月目の日だった。
 全体としては早くも無く遅くも無いその期間だが、与えられた課題の難易度を考えればそれなりの早さではないかとアミルは思う。ただ、無用な混乱は避けようと賞金首の件や竜の件に関しては報告はしなかった。サフにもその点はきつく口止めをした。
 いくら万年首位とはいえど、一魔術士が竜を倒したなどとは嘘でも無茶すぎる内容であったから。
 妖精の洞窟でも、後から来た者達に余計な情報は与えぬよう竜の遺体は魔術材料となるもののみ回収し、他は全て完全にアミルが消滅させている。
 サフに与えた破幻杖は、表向きは分からないよう魔術で別空間に仕舞っている。一応、アミルかサフが呼び出せば何時でも出てくる状態にした。
 学校に戻ってくれば再び、互いに性別を隠す生活に戻る。
 残り数ヶ月ではあったが、一度男として振る舞う事が許される場所に戻った後でまたその生活に戻るというのは思ったよりも苦痛なのだとアミルは思い知るのだ。
 しかも、卒業を控えたアミルを前に、これまでの成績の良さもあって、周囲がどうにか学園の名誉となるべき場所に就職をさせようと躍起になっていく事が余計にアミルの気分を下降させてくれる。気遣いは嬉しいが、男な時点で、女として就職など出来る訳も無い。
「アミルさん、あなた、何を考えていらっしゃるの?」
 今も、主任格である女教師より絞られている真っ最中である。生活指導に使用される部屋の中、座らされているアミルの目の前の机には、色々な場所から就職を誘う為に送られて来たと言う手紙が無造作に広げられている。
 相手がこれまで世話になって来た教師である事もあり、アミルは顔に笑顔を貼付けて黙っていると、教師は呆れた顔のままでそれらの手紙を指し示した。
「貴方には本当にたくさんの所からお誘いが来ているのよ? ほら、例えばこちらなどどう? 皇国といえば今『色付き』の方もいらっしゃるからあなたが学べる事も多いんじゃなくて?」
(俺も『色付き』だからなぁ。ていうか『色付き』抱えてる上に更に魔術士欲しがるなんて碌な国じゃないだろ)
 歴史的に見ても数少ない『色付き』を公式に抱えている国である。そして現代で唯一所在のはっきりとしている『色付き』とも言える。だからといってアミルが行く気になる訳ではないが。
 以前はただ、女として仕えるなど有り得ないから、静かな生活を取り戻したいからというそれだけで断って来た。けれど今は、断ろうとする時に脳裏を過る存在がある。ほんの二ヶ月程だったけれど、アミルの人生に大きな変化を与えた張本人。
 この時も、金の髪が脳裏に揺らめいた。
 すぅ、とアミルは息をのむ。
「ごめんなさい、先生。私、やっぱり何処かにお仕えする気はありません」
「何故?」
 申し訳無さそうな表情を作り、頭を下げる。それでもまだ言い募ってくる教師の方も、諦めるつもりは無いようだった。学校側からしてみれば、卒業生の行く先は、その後の入学者数の増減や質に直結する重要な問題である事はアミルも理解出来るのだが。
 それとこれとは、やはり別問題。
 仕方なく、アミルは用意して来た嘘をつく。以前よりこういう事態も来るだろうと、嘘の言い訳は考えておいたのだ。そして今は躊躇無く言う事が出来る。
「親の遺言ですから。卒業後は家に戻り、家を守ります。実は、婚約者もいまして」
「まぁ、そうなの?」
 学校入学時、秘かに後ろ盾となったのは次元の狭間の主。
 実際にその存在を明かしたりはしていないようだったが、何らかの形で関わったその人がアミルに用意したのが『さる名門の魔術士の家柄』というものだった。元よりアミル家柄などないが、魔術士の中では家柄を重視する者も少なく無いから嘘を用意したらしい。
 目の前の女教師もそんな一人だったのか、家を出した瞬間に勢いが無くなった。
 戸惑った顔をして視線を彷徨わせる彼女を見上げて、アミルは畳み掛ける。
「私の家は両親ももういなくなっていますから、私以外に家を守る者もいないんです。申し訳ないのですが、申し出て頂けている所にはお断りの返事を出しておいて下さい」
 頭を下げたアミルに、それ以上女教師が何か言ってくる事は無かった。
 部屋から退出したアミルは、廊下に出て大きく伸びをする。少々行儀は悪いが、指導室のそばに近づくような生徒は少なく、廊下には誰もいなかった。そのまま少し視線をそらせれば、澄み切った青の空が広がっているのが見える。
 その色に、かの少女の目を思い出して、無意識に口元を綻ばした。
 卒業までにはまだ時間があるが、未来に対する空虚さはもう、無い。
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