世間知らずの少年 2

文字数 1,384文字

 ようやく見つけたマトモそうな宿の部屋の中、荷物を降ろして腰を落ち着けた後でようやく、アミルが怒っている事をサフは気づいたらしかった。落ち着かない様子でそわそわと、アミルの顔を覗き込んだり、窓に目をやったりウロウロしている。
 とりあえずアミルは自分の傍にある椅子を指し示した。脇に杖を放り出す。
 寝台を除けば唯一部屋の中で座れる家具である。安い宿屋ではこれが限界だろう。むしろ椅子があるだけマシな方だ。
「座れ」
 固い声で命じればサフは大人しく従って、ちょこんと椅子に乗る。
 その姿は、さっきまで大柄な男達を投げ飛ばしていたとは思えない程に小さい。
「で、街に入る前に私が言った注意は覚えてるのかな?」
 戦士学校で万年一位であった事は伊達ではないと、あの光景を見ればアミルにも理解は出来た。出来たからといって、不要な面倒は少ないに限る上、ここで問題なのはサフが全く忠告に従わなかったという事実の方なのである。
 腕を組んで睨めば、青の目がびくびくとアミルを見る。
「うん」
「じゃあ何で居なくなってんの! この街がどういう場所か教えたよね!? 大体、サフの場合この街だけの問題じゃないんだから、速やかに理解してくれないと困る」
「この街だけじゃないってどういう事?」
(何でコイツはここまで世間知らずなんだよ!!)
 きょとりと見てくるサフを、余程男に戻って怒鳴ってやろうかと思うのだが、さすがにまだそれは出来ないアミルはぐっと我慢する。卒業して、学校も関係無くなればまた別だが今は無理だ。
「何処の街でも多かれ少なかれ人身売買の問題はあるし、サフは一般的に高値で買われる容姿なんだから狙われ易いっていう事。大体子どもの頃に教えられる事でしょうが、『知らない人に着いて行かない』なんて」
「そう、なんだ。アミル、ごめんね」
 直ぐにそうやって謝ってくるサフは、いい意味でも悪い意味でも素直なのだ。だからこそアミルはキツい事は言い辛いし、調子が狂う。それでも注意する事を止める訳にはいかないのだ。それは見た目の問題だけではなくて、サフが『虚ろ』である故に。
 常に露出の少ない服を着て、更に常時手袋を着用しているから、肌に直接接触するのは難しいので普通にしていれば気づかれる事は少ない。だが、万が一を考えれば、アミルの視界から消えない事が一番だった。
 見える場所に居ればどうにでもなる。幾らでも守る方法はある。
 一緒に行動し始めて一週間、アミルは目の前の世間知らずの少年を、見捨てる事が出来ない程度に情を移してしまっていた。
「分かれば、いい」
「うん、本当、ごめんね?」
 なにせ、素直な性格といい可愛らしい容姿や声といい、これで男でなければと思う程にアミルの好みと一致している。しかも他人に対し非常に寛容で、子どものように無邪気。男に興味を持つ趣味は持ち合わせていないが、それでも冷たくは接しきれないのだ、この少年の要素全てを前にして。
 今も酷く落ち込んだ顔をしてアミルを見ている。
 はぁとアミルは溜め息をついた。
 立ち上がり、まだ自分を見つめてくるサフに手を差し出す。
「話は終わり。ご飯、食べに行こう」
 その言葉に、また嬉しそうに頷いて手を握ってくるものだから、アミルは大きな子どもの世話でも焼いているような気になってしまうのだ。実際にそれに近いものがある。
 握った手は、男にしては小さかった。
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