想いを抱く者 2

文字数 1,992文字

 洞窟の中は人間の手が入っていない為、元より道なき道である。視界を魔術で補っていて尚、安全快適とは言い難い道であったけれど、アミルとサフは先を急いでさくさくと進んだ。途中時折出てくる魔物は、アミルが魔術で早々に退けてしまう。
 出番の無いサフは少しつまらなそうにしているが、向き不向きを考えたとき、狭い洞窟の中では腕の良い魔術士の使う魔術の方が安全なのだというアミルの説得には一応理解をしているらしく、大人しくしていた。
 実際はサフに動いてもらっても問題ないのだが、やはり女の子だと思うと出来るだけ戦わせたく無いという気持ちもあり、アミルは一人魔術を使い続ける。幸いにも、この程度で尽きるような魔力は持ち合わせていない。
 しばらく静かに歩いていたが、突然サフが顔を上げて足を止めた。
「どうした?」
「うん。また、あの人達が来てるみたい」
 そう言って、サフは来た道を振り返る。まだそこは真っ暗な闇が広がっていて、足音も聞こえない。
 アミルも同じように来た道を見て、しばらく考えたが、不意に思い付いた考えににやりと笑った。直ぐに大きめの魔術を数秒で作り上げて、その場に広げる。魔術士以外には見えないが、二人の居る場所と向こう側を遮るような形で、壁のように魔術の仕掛けが用意される。
 魔術士は万能に近いが、万能ではない。そして万能に近づけるのは個々人の能力である。
 その点でアミルは若いながら『色付き』を拝命するだけの実力は相応に備わっていて、しかもそれを使用する事に寸分の迷いも無かった。
「これで、良し」
「え? 何かしたのアミル?」
 満足げに頷いた若い魔術士を振り返ったサフは、その顔が人の悪そうな笑顔になっている事でびくりと肩を震わせた。それに気づいてアミルは慌てて誤摩化す。
「いや、ちょっと仕掛けをしておいたから、これでこれ以上は追って来れないだろうなって」
「仕掛け?」
「向こうから触ると森の外に強制転移するようにした。ついでに、壊そうとしたら自動的にその辺一帯をどっかに転移させるようにしてみた。どっちにしろ、御帰り下さいってな」
「そうなの? でも、向こうにも魔術士がいなかったっけ?」
「俺の方が強いから」
(さすがに転移魔術を見せりゃ、向こうも諦めるだろ)
 自信そのままに笑ってみせながら、そんな打算もある。
 魔術士にとって転移魔術は有名であるが最高難易度ともされるもの。魔力と知識と技術、全てを併せ持たなければ使う事の適わないもの。それを更に形を変えて仕掛けておけば『色付き』とは分からずともアミルの力量は相手の魔術士には伝わる筈である。
 さらに術を壊そうとしても意味が無い事も、分かる筈だった。
 もし仮に魔術士がいなかったとしても、術を見破れない普通の人間は確実に転移魔術にひっかかり、先へと進めなくなる。
 どちらにせよこれ以上追われる事が無いよう考えた末の方法である。
「アミルって、もしかして自信家?」
 そんなアミルを見ながら、サフはぽつんと呟いた。
「失礼だな。実力相応だ。ほら、先に進むぞ」
 こん、とその金の頭を軽く小突いて先へと促す。一足先に歩き出した彼の後を追うように、ぱたぱたと後ろから足音がついてくる事を確認して、アミルは少し歩調を落とした。直ぐに追いついたサフが隣に並んで歩く。
 そう広く無い洞窟の道であるが、二人歩く位なら問題なかった。
 しばらく歩くうち、また突然サフが声を上げる。
 今度は足を止める事は無かったが、アミルは隣の少女を見遣った。
「どうした?」
「そういえばアミル、杖は?」
 彼の両手が空いている事に、ようやく気づいたらしい。アミルからしてみれば身軽になったというだけで大事な品であったという事も無いし、正直な所ではどうでも良いものだったからすっかり忘れていた。実際の所、態々教える事ではないと思っていた。
 とはいえ本人に気づかれたのなら仕方ないと、正直に答える。
「サフ助けた時に流された。まぁ、別に俺、杖いらないんだけど」
「え!? ご、ごめん。でも、杖いらないって」
 さっと罪悪感から顔を曇らせたサフがじっと見てくる。態と、アミルは両手を広げて口の端を片方上げるような形で笑ってみせる。太々しい、と言われるような表情で。
「さっきから俺、魔術使うのに困ってるように見えるか?」
「見えない」
「だろ? まぁ、杖があってローブでも羽織ってりゃ、いかにも魔術士~って感じだから、街中とかだと余計な輩に絡まれる確率が減る分便利なんだよ。でも俺程の魔術士なら杖なんてどうでもいいの。分かったか?」
 (こんな事で、そんな顔するなよな)
 本当に、人が良いというか、戦士の部分を除けば隙だらけの少女だと思いながらぽん、と金糸の頭を叩けば、今度こそ呆れたようにサフは呟いた。
「やっぱりアミル自信家だ」
 その言葉に、魔術士の最高峰である『色付き』の少年は、にっと笑ってみせた。
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