選びとる未来 2

文字数 3,611文字

 はっと目を開けば、湿った空気と共に、薄暗い中で一部ゆらゆらと輝いている光により照らし出されている岩壁が見えた。全身にじっとりと汗をかいていて気持ち悪いと思いながら額の汗を拭った所で小さな痛みを感じ、アミルは自分が怪我をしていた事を思い出す。
 現在地は、妖精の洞窟。
 認識した瞬間、さっきまで見ていたのが夢渡りの世界である事も思い出す。あまりにリアルな夢だったため(実際に現実でもあったから)現実を認識するのに少し時間がかかった。
 横になっていたらしい体の上体を起こしてみれば、手当てされている自身の身体や竜の死骸に、魔術草、そして洋燈の灯りに油を注ごうとしていたらしい金の髪の少女の姿が見えた。
(あぁ、現実だな)
 彼女の姿にようやく、目が醒めた事を感じて、ほっとアミルは息をついた。
「アミル、起きた? 大丈夫? 魘されてたよ?」
 起き上がったアミルの気配に気づいたらしいサフが振り返り、起きている彼を見た瞬間に嬉しそうに笑いながら声をかけてくるものだから、起きて早々に心拍数が上がってアミルは誤摩化すように視線を彷徨わせた。
 体にはもう、倦怠感は残っていない。
 枯渇していた魔力もすっかり体の内に戻っているようだった。
 魘されていたのはまず間違いなく、そう、夢の影響である。ただ、サフの様子を見る限りでは余計な事を口走っていない事だけが救いであった。
「あー、俺は大丈夫。どれぐらい寝てた?」
「えっと、多分一日くらいかなぁ? 誰も何も来ないし、暇だったよ」
 洋燈に油を注ぐのを止めて、アミルの方にとことこと歩いてくるサフは目覚める前の泣き跡も無くなっていて、その事にほっとしながらアミルは手を伸ばす。不思議そうな顔をして身を屈めてきたサフの、頭をぐりぐりと撫でた。
 少し冷たい金糸は柔らかくて、男のフリをしているのだから当然なのだが、短い。けれど触り心地は非常に良かった。
 触れた事に意味は無かった。ただ、存在している事を確認したかっただけで。
「何? ねぇ何なの?」
 不安そうに尋ねてくる少女に、苦笑しながら答える気の無いアミルは話を逸らした。
「何でもねぇ。で、魔術草は摘んであるのか?」
「あ!!」
「一日何してたんだお前は」
 慌ててその辺に沢山生えている魔術草の方へと走って行くのを、アミルは見送りながら魔術の具合を見る為にそっと結界を張ってみる。いつも通り問題なく魔術が使えるのを感じて、心底からほっとしながら、視界を補う魔術を改めてかけた。
 離れた所で魔術草を懸命に摘んでいる少女はまだ気づいていない。
 そのまま、アミルは夢渡りの中で次元の狭間の主に渡された破幻杖を召還してみた。夢の中そのままの感覚で、杖は宙空に現れてアミルの手に収まる。どういう仕掛けか夢の中で既に魔力との同調は終了したらしく、触れても違和感は無かった。
「あれ? アミル、その杖どうしたの?」
 どうやら魔術草を摘み終えたらしいサフが振り返り、さっきまで無かった破幻杖を見つけて戻って来た。手には魔術草が大量に収まっている。魔術材料としてはデリケートな部類に入るその草を乱雑に扱っているらしいのはどうかとも思ったが、何も知らないサフにそこまで求めても仕方ないとアミルは黙って空いている手を差し出した。
 反射的に差し出された魔術草を受け取って、状態保存の魔術をかけると、傍に置かれていた自分の荷物の中に魔術で移動させた。
 その間、サフは見た事の無い杖をまじまじと観察している。
「綺麗だねぇ。葡萄?」
 杖の先で揺れる宝玉は紫と緑で、沢山の玉が寄り集まって房を作り出している。それが、杖が動く度にゆらゆらと動きながら宝玉同士が擦れ合い、しゃらりと音を立てるのだ。その様は、魔術士が使う杖としては装飾が精緻過ぎて、儀式用など実用に欠けるものを除けば珍しい部類に入る。
 話が本当であれば天使の芸術であるから、目を引くのも仕方ない。
 それをアミルが持っているという事も興味を引く一因だろう。
「たぶんな。これ、持って」
「え?」
 杖をぽん、と押し付けられてサフは驚きながらもそれを受け取った。受け取った様子をアミルは伺いながら、特におかしな様子が無いかを観察する。アミル自身が初めて杖を受け取ったときのような感覚は襲っていないらしい様子に、ようやく安心した。
 精神のバランスを崩した様子も無い。
 天使と次元の狭間の主から押し付けられた杖であるが、役に立つのであれば構わない。
(それにこれが俺の分身だってんなら、下手なヤツより役に立つだろうさ)
 後は、持たせる理由を用意すれば良い。
「何か、温かいね、この杖」
 手の中の杖を観察している少女に、アミルは投げやりに聞こえるように言葉をかけた。
「それ、預ける」
「何で? アミルの杖でしょ?」
 杖とアミルの顔を交互に見比べながら、サフが不思議そうに首を傾げる。
「そうだけどな。サフは人間以外じゃ、てんで役に立たないから、それ持ってた方がいいと思ってさ。これ、ただの杖じゃねーから」
「どうせ僕は役に立たないよ。でも、杖がどういう役に立つの。僕魔術も使えないよ」
 拗ねたような発言をする少女の手の中に静かに収まっている破幻杖。
 次元の狭間の主は、魔術を込める事が出来るとも言っていた。ならば、と手を伸ばして杖に触れたアミルは、一つの魔術を杖に注ぎ込んでみる。サフに気づかれないように、そっと流し込んでも見た目上、杖には何ら変化が無かったが、確かに魔術が杖の中に入ったのが分かる。
「そうだな、例えば、この杖が鎌だったら、どうだったと思う?」
「どうだったって、うー、う、うわぁっ!?」
 アミルの問いかけに素直に考え込んだサフは、それとほぼ同時に杖が震えたのに驚いて、掲げるように杖を上げた。その杖の先からは、淡く光る大幅な刃が現れている。形は今アミルが言ったような鎌型で、サフはそれを信じられないといった顔をして突然現れた刃をまじまじと見上げている。
 具現魔術。
 その起点をサフの思考に合わせるならば、杖の持つ魔力を少女の考えるような形で具現化する事が可能になる。魔術士の中では比較的よく使用されているそれを、アミルは杖に設定したのだ。本来の用途とは異なるが、これで杖は武器としての在り方が可能になる。
「まぁ、こんな感じだ。コイツはサフが考えた通りに魔力を放出する。消えろと思えば消える。出してんのは純粋な魔力だから、魔物にも有効打が与えられる。サフなら使いこなせるんじゃねーか?」
 使っているのは、杖が世界から集めたエーテルをアミルの魔力の形に複製したもの。『色付き』であるアミルの魔力なのだから、効かない魔物などまず存在しないだろう。しかも持っている限り、他の殆どの魔力の干渉を受ける事も無い。杖がアミルと同じ魔力場まで出しているなら魔術も掛かり難くなるはずである。
 『虚ろ』である少女にこれ以上相応しい武器も無いだろう。
 サフは、最初こそ訝しげに杖の出す魔力の刃を眺めていたが、その内ゆっくりとアミルの方へと目を戻した。
「いいの? こんな凄い杖、僕が使っても」
「どうせ俺にはいらない杖だからな。使わせてやるよ。但し、無くすなよ? 一応無くならないよう魔術はかけておくけど、それ値打ちもんだから」
(天界の武器なんて、他にないだろうしな)
 値段など、どれだけつくかも分からない。それでも竜を倒した報酬だと考えると、妥当なのかは微妙だとアミルは思うが、サフは目を輝かせながら杖を見上げている。本当は価値よりも、杖の持つアミルの魔力という凶暴性の方がずっと問題であったが、それを素直に伝えるつもりは無かった。
 それに、元が自分のものであるならサフを害する事も無さそうだと、その辺は暢気にアミルは捉えている。
「そうだよね! これ、凄いよね!! ありがとう、アミル。使わせてもらうね」
 杖をぎゅっと握りしめて喜ぶサフは、相当に可愛らしかった。
 少し頬を染めてしまったアミルは、取り繕う為に立ち上がりながら言葉をかける。
「とりあえずそれ、何時も持ってろよ」
「うん」
 ぶんぶんと頷くサフは、直ぐに杖を持って少し離れた所に行くと、杖から色々な形で魔力を出しては消し始めた。元よりセンスはあるのだろう、最初はぎこちなかった動きも直ぐに洗練され始め、魔力の刃もまるで生きているかのように伸縮自在な動きを見せ始める。その様はまるで、初めての玩具を貰った幼子のようで思わずアミルは吹き出すけれど、それにすら気づかない程に杖に熱中している。
 魔術を使えない人間からすれば、魔術はとても魅力的な力だという。恐らくサフも同じなのだろう。
 殆ど息をするかのような自然さで魔術を使用するアミルからしてみれば、自分の体一つで遥かに大柄な相手と魔術も無しにやり合えるサフの方が余程不思議なのだが。
 とりあえず今の内に帰る準備でもしておくかと、アミルは荷物を拾い上げた。
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