選びとる未来 3

文字数 3,468文字

 帰りは、行き程の問題は発生しなかった。
 課題も達成して最早帰るだけの道程で、それでもやはりどこからかサフを狙う者達は現れたけれど、行きと同様にアミルは秘かにそれら全てを片付けていた。妖精の洞窟まで追って来た者達はアミルの力量を知った為か、以降は現れなかった。
 順調と言えるその中で、行きと異なっていたのはサフが周囲よりも熱中する別のものを手に入れていたという事だけで。
「アミルっ、見て!」
 毎日のように繰り返されるその呼びかけに、さすがに呆れ果てながらも律儀にアミルは声の主の方へと向き直った。二人が今居るのは、街道から少し離れた小さな脇道である。本道をゆくよりは時間が掛かる道だったが、課題に与えられた時間も余っているので、行きとは別の道・別の街を通りたいと言ったのは、サフだった。
 ついさっき休憩と称して、アミルの方は川沿いの柔らかい草が茂る木陰に体を休めたばかりであったが、さすが戦士学校で万年首位を守り続けた少女は体力も素晴らしく、少し離れた場所で破幻杖を弄っていた筈。
 彼が見遣ったそこでは、横にした杖に腰掛けた少女が、ふわふわと空に浮かんでいた。
 杖からは、鳥の翼のようなものが大きく広がり、ぱたりぱたりと羽ばたいている。
「コレ、飛べるよ!」
「あーそりゃすげぇな」
(それだけの才能があって魔術士じゃねーなんて、勿体ないヤツ)
 楽しそうに報告してくるサフに返事をしながら、思わず呆れてしまうのも仕方なかった。
 杖自身がアミルの分身ともあってサフに協力的であるという部分を考慮したとしても、少女の使いこなしぶりは尋常ではなかった。使わせているのは具現魔術のみであるのに、今日はとうとう空まで飛んでしまった。こんな事で上手く飛べるのなら、世界中あっちこっちで飛んでる魔術士が拝める筈である。具現魔術は殆どの魔術士が使えるのだから。
 具現魔術で飛ぶなど、少なくともアミルは聞いた事が無い。自分自身で考えるなら、そんな面倒な事をするより普通に浮遊魔術を使用する。
 それは浮遊するにあたっての調整であるとか、自然の法則であるとか、多くのものの制約を受ける中で、それらをすり抜ける箇所が未だ一般化されていないからに他ならない。
 なのに、目の前の『虚ろ』の少女はそこをあっさりと飛び越える。
 この数日で、そんな場面を何度も見て来た。それを才能と呼ばず、何と形容するのだろう。
 魔術士であれば、恐らくかなりの使い手になったに違いなかった。それなのに『虚ろ』であるという事が皮肉に感じる。
「それくらいにしとけ。いざって時に使えなくなっても困るだろ」
「うん」
 するっと杖から翼を消したサフが戻って来た。
 本当は、この程度で無くなるような魔力ではない筈である。しかし、放っておけば何時までも杖で遊んでいるだろうという事が気に食わず、思わず声を掛けてしまった。何の疑いも持たない様子で隣に座ってくるサフに、仕方ないだろうとアミルは心の奥で言い訳をする。
 どれほど寄り道をしても後一週間もすれば、学校に戻る事が出来る。
 そうすればまた二人ともそれぞれ性別を隠す学校生活に戻り、卒業までの数ヶ月を過ごす事になる。その間、会えるのは恐らく週一回の休みの日くらいだろう。
(コイツは多分、俺のとこなんて来ないだろうけどな)
 恐らく自分が戦士学校に顔を出す事になるのだろうと、今からアミルは確信していた。
 卒業後はまだ、分からない。
 分からないが、この前の次元の狭間の主の言葉からしても、強制的にサフの同行者になりそうな気がしているアミルである。
「気に入ったのなら、戻った後も預けとくよ、それ」
「でも、悪いよ、そんな」
「そう言いつつ嬉しそうだぞ、お前」
 ぎゅっと杖を握りしめるサフの姿に笑いかければ、木漏れ日の下でキラキラと輝く金の髪を持つ少女のまろやかな曲線を描く頬に、さっと朱がさす。これまでに余り見なかった反応に、きょとんとアミルは隣に座っているサフを見た。
 落ち着かない様子でサフは杖を握りしめ周囲を見回している。
「おいサフ?」
「あの、さ、あのさっアミルって本当に親切だよね」
 何事かと問いかけてみれば、そんな事を言い始める。確かに、サフに会ってからこれまで、これまでしたことないような他人の世話を焼き続けているという自覚はアミルにもあるが。
 不自然な様子の少女は、しばらく黙り込んだ後で、じっとアミルを見上げて来た。意を決したように口を開いて言った事は。
「あのさ、皆に優しくしてたら大変だと思うよ?」
 そのあまりに的外れな心配に、思わず盛大に吹き出してしまったアミルに、むっと頬を膨らませたサフはふいっと彼方の方へ向いてしまった。
 拗ねたような様すら可愛らしいと思っているような自分が、つまり男という生物が、何の意図も下心も無く優しくしているなどと思うのなら、本当に世間知らずも良い所である。否、どうでも良い相手に優しくするような神経は、男女問わず殆どの人間は持ち合わせていないだろう。
(優しいだの親切だの、そんな事してんのってお前にだけだっての)
 妙な心配をしてくる、この世間知らずの、不思議な少女。
 はっきり言って、アミルが学校で見ている魔術士の卵である同年代の少女達と比べてサフは非常に子どもっぽい。男のフリをしているとしても、その疎さは生来のもののような気がする。何せ、アミルが男と分かって以降も同じ部屋で平気な顔して眠れるのだから。
 そういう部分を可愛いとアミルは思っている。けれど、もう少し自覚して欲しいとも思っている。
「サフ」
 体を捩って、何処かを見ているサフにそっと手を伸ばして頬へと触れた。柔らかいそれを自分の方へ顔を向けるように動かせば、不機嫌そうな顔のままながら大人しくサフは従った。かなり近くに顔があるにも拘らず、大きな青の目が警戒心も無くアミルを見ている。
「言っておくけどな? 俺は、好きでもない相手に優しくする程、人は出来てないぞ」
 言い聞かせるようにゆっくりと、囁いた。
 きょとり、としているサフ。
(ほら、全然分かっちゃいない)
 学校の女子達であれば、男にこんな事を言われようものなら勝手に深読みでも何でもするに違いない。勿論、アミルはこの少女がまだそんな事など出来ないのは分かっている。
 だからこの次にサフが何を言い出すかも、ある程度想像がつく。恐らくこの少女の中で好き嫌いなど、友人や親族間のそれでしか存在していないだろうから。
「でもっ、でも僕、アミルに色々迷惑かけて、好かれるような理由なんて、全然」
(確かに、手が掛かるヤツではあるけどな)
 好きになるようなきっかけなど、アミル自身はっきりと分からない。一緒に課題に出て来て以来、世話ばかり焼いてきた気がするし、何をするにも世間知らずで手間はかかるし賞金首だし、果てには本人のせいではないにしろ竜から守るような事態にまで発展した。見方を変えれば疫病神にも等しい。
 サフの言い分は、一理あるどころか、最もなのだ、
 だが、こういう事は理屈ではないのだと、アミルに教えたのも他ならぬ彼女である。最近では「手の掛かる子程可愛い」なんていうどこぞの諺が身に染みて理解出来てしまう。
「それは、俺が決める事だろ? それともサフは、迷惑か?」
「そんな事、ない」
 即座にふるふるっと頭を振られた事に安心したなどと、サフに悟らせる気はないけれど。
「でも、僕はアミルに何も返せてない。守られてばっかりで」
 悲しそうにそんな事を言うサフは、やはり何も分かっていないのだとアミルに伝えているようなものだった。
 言いたい事は沢山ある。けれど、それら全てを飲み込んで、魔術士の少年は彼女の触れている頬をむにっと摘むだけに我慢した。
「ばーか。そんなもん、後で貰うに決まってんだろ。お前は精々借りを増やしてればいいんだよ」
「ほにゃ!?」
 くつくつと笑うアミルに、頬を摘まれたままのサフは不満げにその手をどかそうと暴れ出す。
 こういう時、本気を出せば無拍子でも何でもアミルの手を振り払う事など簡単に出来るだろうに、彼女は絶対にそれをしようとはしなかった。柔らかい手がぺたぺたと彼の手を叩く。
 この少女が、自分が与えられているのは「行為」ではなく「心」なのだと理解するのは、恐らくまだ先の事になるのだろう。出来れば早くその時が来れば良いと思いながら、しかし一方でそんな日が来なければ良いのにともアミルは思う。
 出来れば、終わりが来たその時に、サフの一番が自分であればいいのにと、願わずにいられなかった。
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