歩いて来た先 1
文字数 4,012文字
物心ついた時にはもう、誰かに命を狙われていたように思う。
それは考えうる限り、自分と血の繋がった誰かの息がかかっている相手なのだと理解したのは物心ついた後だったけれど、少なくとも安心出来る場所は殆ど無い事は理解していた。母が亡くなったのは、ようやくそれを理解した辺りであったと思う。
勿論それだけではなかっただろう。
所謂王族の、第三王位継承者であったから。
サファイア、という名から宝石姫と揶揄される事もある彼女は、皇国の王族の一人である。母親は皇国が占領した少数民族の姫だかで、政治的な婚姻を交わして皇国に来た人だった。故に後ろ盾も無く、肩身は狭かったのだろうが母親には一つの才能があった故に数いる妃の中でも特別な地位にあった。
かの人は、かなり力ある魔術士であったらしい。
その縁でなのか彼女の母親には特別な知り合いがいて、幼い彼女がその存在を知ったのは母親が毒殺されてひそやかに埋葬される、その儀の折だった。
「初めまして、サファイア様」
にっこりと笑って目の前で膝をついたのは、幼かった彼女から見れば大人の青年だった。彼がその当時まだ年若かったらしい事を知ったのはずっと後になってからだ。茶に近い金の髪に、同じ色の目をした、長いローブを纏った男は幼い彼女の手をとって、まずそう挨拶した。
知らない相手であったけれど、黒の喪服を身に着けた彼女は、少し膝を折る簡素な礼で答える。
彼女の頬にはまだ、涙の跡もはっきりと残る、葬儀の時。
「僕は、クリア。貴方のお母さんの遠縁にあたるものです」
「とおえん?」
「お母さんと血がつながっているという事。君のお母さんが死ぬ前に、僕宛てに手紙をくれてね、それで僕は此処に来た」
彼女の手をとったままの青年は、手をぎゅっと握りしめて、痛そうな顔をして笑った。
「君が大人になるまで、君をずっと、守るからね」
それが、金の称号を持つ魔術士であるクリアとの出会いだった。
母親という最大の後ろ盾を失ってしまった筈の幼い少女は、けれど入れ替わりのように現れた色の称号を持つ魔術士という存在を得た事で、その後の身の安全が保証される事となった。そして彼は、自身の称号を表に出し王女付きという形でありながら世界で唯一特定の国に所属している事を表明する事で、皇国の中である程度自由に動き回る権利を手に入れた。
同時に、それは彼自身の人生の自由を奪っているという事を、幼い彼女が理解するのはもう少し先の話。
クリアが傍付きになってしばらく後。
母の死により落ち込み気味だった彼女を元気づけようと、クリアは色々な場所に連れ出してくれた。本来であれば王女、それも上位の王位継承者が易々と出かける事など不可能であったけれど、それは彼の持つ魔術士の称号が可能にした。
世界中探しても王宮付き(表向きはそういう事になった。実質は、彼女本人のみに従う魔術士であったけれど)の色付きの魔術士など他には存在しない。その価値を盾に取られれば、王宮の中でクリアに出来ない事は殆ど無かった。
まだ若い彼は、彼女を妹のように慈しんでくれたし、彼女も直ぐに懐いた。
王宮の中で他に依る相手の無い事を、本能で理解していた所もある。
そんな二人がある日、国境付近の森に散策に出かけた時。
もう一つの、幼い彼女にとって重要な出会いが起きた。
「ねぇ、クリア、あそこ、人がいるよ。あとおっきいなにか」
「え?」
二人手を繋いで、深い森で道も無いような場所であったけれどそれなりに楽しく話しながら歩いていた時に、彼女の目に入って来たのは背の高い青年と、森の木々よりも大きな何かだった。
正しくは、その『何か』は木々を薙ぎ倒しながら進んでいて、それに対し青年が押しとどめようとしている。
即座にクリアの手が彼女の身体を抱え上げた。
幼い彼女の目にも、起こっている事態の危険性は明らかである程だった。
「あれは、魔物? にしても魔術士でもないのによく抑えて」
「クリア、あのままだとあれ、街に行っちゃうよ。それにあの人、大変」
「うん、今止める。サフは、しっかり僕に掴まっててね」
大きな魔術が、事態を収束させるのに大して時間はかからなかった。
気絶させられた大きな魔物は、直ぐにその姿を子犬程の大きさに戻して地面に落ちた。それを押しとどめようとしていた青年がそっと拾い上げて、撫でる。さっきまで木々を薙ぎ倒していた獣も、小さくなれば本当に犬のような見た目でしか無く、撫でられている白い毛がふわふわと揺れていた。
傷だらけの青年は、恐らく傷を作った原因であるはずのその魔物を、優しい目で見下ろす。
黒の髪に黒の目は皇国では珍しい色合わせであり、彼女はクリアの腕の中に収まったままでじっとその人を見ていた。
「助かった。礼を言う」
彼は、クリアが魔術士である事を直ぐに理解したのだろう、頭を下げた。
それに対してクリアは苦笑しながら頭を振る。
「いや、礼なら彼女に。僕のご主人様は殺生が嫌いでね。彼女がいなければ僕はそれを危険なモノとして殺していたよ」
「そうか」
黒い目が、彼女をじっと見る。
彼女も負けずにその目を見返した。
しばらくの沈黙。
「あの~」
沈黙に耐えかねたのはクリアだった。普段から彼はよく喋った。
「僕の可愛いサフに思わず見蕩れちゃうのはまぁ仕方ないけれどね、でも変な事考えたらお兄さん許しませんから。金の称号を元にアンタ成敗するから」
色付きの魔術士には色々な権限が存在するが私的な感情で他者を害して良い権限は殆ど存在しないらしい。けれど一般的には色付きの魔術士の権限など知られていないから、そんな発言でも城の者達や王族に対して、そして魔術士にすら充分に効果はあるらしくて。
クリアの場合は冗談的な意味合いで使う事も多かった。
彼の言葉に、黒髪の青年は小さく目を見張る。
「という事は、お前は金の魔術士のクリアで、その子はあの宝石姫ということ、か?」
「城下ではそう呼ばれてるらしいね。サファイア様だよ」
王族を抱きかかえるという、臣下としては考えられないような状態のままながら、クリアは堂々と胸を張り彼女の名前を告げる。
そして黒髪の男は、流麗な動きでするりと膝を折って頭を下げてみせた。
その洗練された動きは実際の王宮付き騎士に勝ると劣らないもので、今度はクリアの方が小さく目を見張る。
「感謝致します。サファイア王女」
深い森の奥でのそれが、後に金の魔術士クリアと並んで宝石姫を守る双璧と呼ばれるようになる戦士イガルドとの出会いだった。
イガルドは、クリアより歳一つ上でしかない、こちらもまだ若い戦士だった。
出会った時に押しとどめていたのは彼が遠い地で拾い育てていた魔物の子で、その白の毛並みから『シロ』という捻りも何も無い名前をつけられていた。魔物であるが基本的には温厚で忠信であるシロだったが、時折狂気にあたると暴走状態になるらしい。
それでも、しばらくすれば元に戻る為、イガルドは危険も承知でシロを連れ歩いていた。
元は皇国よりも遥か遠くにある帝国と呼ばれる場所で軍団長として名を馳せたらしいが、シロを拾ってその命を奪えなかった彼は、連れて国を出奔したのだと語った。
魔物は、人と共存を未だ果たせない、動物とは異なる存在。
魔術士であればまだ、魔術と関わり深い世界の生き物である魔物に対する偏見は薄いが、一般人となればそうもいかない。それを正しく理解しているイガルドは、何処かに定住する事も無く各地を転々とする生活を送っていた。
イガルドを留めたのは、彼女自身だった。
「ここにいて。シロも、イガルドも、一緒に、いよう?」
しばらく滞在したイガルドとシロに、そう提案した。
三人と一匹で、外に出かけていた時だった。城の近くの平原で、どこか遠くを見ていたイガルドを見た瞬間に彼女はそう言っていた。寝転がっていたシロの腹を枕にして、彼女はイガルドを見上げて。隣ではクリアが腰を下ろしていて、イガルドだけが立っていた。
ほんの一週間程であったけれどシロは彼女によく懐いていた。最初は神経質に気にしていたクリアも、ある日を境にシロを気にしなくなったし、それを理解したのかシロはクリアにも懐いている。
提案されたイガルドは、困った顔をした。
「俺たちがいると、サフに迷惑が」
「かからないもん。いないと、クリアだけが大変だもん。イガルドもいる方が、迷惑じゃないもん。シロがいるともっと迷惑じゃないもん。私は、周りに危ない事が多いから」
きっぱりと、彼女は宣言した。
本当はもっと言いたい事があったのだ。
一緒にいると楽しいから別れがくるのが嫌だったし、寂しいからずっと一緒にいてくれると嬉しいと思うから、引き止めたかった。けれど、そんな言葉を言っても只の子どもの我が儘として、彼はきっとまた旅に出てしまうだろうと彼女は直感で理解していたのだ。
そうして、彼らの旅はそのままでは安住の地など見つからない事も。
魔物は、それ程に強い。そして人とは異なる存在。
皇国で、イガルドとシロが滞在を許されているのは、魔物よりも遥かに強い存在である色の魔術士の傍であるからだ。そしてその条件が続く限り、少なくとも皇国から彼らが追い出される日は来ない。
幼いながらも、交渉の術は日々目の前で見ていたからこそ、この時己自身の安全を盾に、提案した。
子どもらしからぬ、そして身勝手な提案に、クリアもイガルドも一瞬絶句する。
「正式に、依頼します」
最後に彼女がそう言った瞬間、溜まりかねたようにクリアが笑った。
身体を捻っての、それこそ大爆笑と呼ぶに相応しい笑いで。
「確かにその通りだよね! サフは敵が多過ぎだから、イギーみたいな人がいれば大分僕も楽になるしぃ、シロも居ればかなり楽だしぃ」
ケラケラと笑う彼は酷く楽し気で。
この日から、イガルドは彼女付きの騎士となった。
それは考えうる限り、自分と血の繋がった誰かの息がかかっている相手なのだと理解したのは物心ついた後だったけれど、少なくとも安心出来る場所は殆ど無い事は理解していた。母が亡くなったのは、ようやくそれを理解した辺りであったと思う。
勿論それだけではなかっただろう。
所謂王族の、第三王位継承者であったから。
サファイア、という名から宝石姫と揶揄される事もある彼女は、皇国の王族の一人である。母親は皇国が占領した少数民族の姫だかで、政治的な婚姻を交わして皇国に来た人だった。故に後ろ盾も無く、肩身は狭かったのだろうが母親には一つの才能があった故に数いる妃の中でも特別な地位にあった。
かの人は、かなり力ある魔術士であったらしい。
その縁でなのか彼女の母親には特別な知り合いがいて、幼い彼女がその存在を知ったのは母親が毒殺されてひそやかに埋葬される、その儀の折だった。
「初めまして、サファイア様」
にっこりと笑って目の前で膝をついたのは、幼かった彼女から見れば大人の青年だった。彼がその当時まだ年若かったらしい事を知ったのはずっと後になってからだ。茶に近い金の髪に、同じ色の目をした、長いローブを纏った男は幼い彼女の手をとって、まずそう挨拶した。
知らない相手であったけれど、黒の喪服を身に着けた彼女は、少し膝を折る簡素な礼で答える。
彼女の頬にはまだ、涙の跡もはっきりと残る、葬儀の時。
「僕は、クリア。貴方のお母さんの遠縁にあたるものです」
「とおえん?」
「お母さんと血がつながっているという事。君のお母さんが死ぬ前に、僕宛てに手紙をくれてね、それで僕は此処に来た」
彼女の手をとったままの青年は、手をぎゅっと握りしめて、痛そうな顔をして笑った。
「君が大人になるまで、君をずっと、守るからね」
それが、金の称号を持つ魔術士であるクリアとの出会いだった。
母親という最大の後ろ盾を失ってしまった筈の幼い少女は、けれど入れ替わりのように現れた色の称号を持つ魔術士という存在を得た事で、その後の身の安全が保証される事となった。そして彼は、自身の称号を表に出し王女付きという形でありながら世界で唯一特定の国に所属している事を表明する事で、皇国の中である程度自由に動き回る権利を手に入れた。
同時に、それは彼自身の人生の自由を奪っているという事を、幼い彼女が理解するのはもう少し先の話。
クリアが傍付きになってしばらく後。
母の死により落ち込み気味だった彼女を元気づけようと、クリアは色々な場所に連れ出してくれた。本来であれば王女、それも上位の王位継承者が易々と出かける事など不可能であったけれど、それは彼の持つ魔術士の称号が可能にした。
世界中探しても王宮付き(表向きはそういう事になった。実質は、彼女本人のみに従う魔術士であったけれど)の色付きの魔術士など他には存在しない。その価値を盾に取られれば、王宮の中でクリアに出来ない事は殆ど無かった。
まだ若い彼は、彼女を妹のように慈しんでくれたし、彼女も直ぐに懐いた。
王宮の中で他に依る相手の無い事を、本能で理解していた所もある。
そんな二人がある日、国境付近の森に散策に出かけた時。
もう一つの、幼い彼女にとって重要な出会いが起きた。
「ねぇ、クリア、あそこ、人がいるよ。あとおっきいなにか」
「え?」
二人手を繋いで、深い森で道も無いような場所であったけれどそれなりに楽しく話しながら歩いていた時に、彼女の目に入って来たのは背の高い青年と、森の木々よりも大きな何かだった。
正しくは、その『何か』は木々を薙ぎ倒しながら進んでいて、それに対し青年が押しとどめようとしている。
即座にクリアの手が彼女の身体を抱え上げた。
幼い彼女の目にも、起こっている事態の危険性は明らかである程だった。
「あれは、魔物? にしても魔術士でもないのによく抑えて」
「クリア、あのままだとあれ、街に行っちゃうよ。それにあの人、大変」
「うん、今止める。サフは、しっかり僕に掴まっててね」
大きな魔術が、事態を収束させるのに大して時間はかからなかった。
気絶させられた大きな魔物は、直ぐにその姿を子犬程の大きさに戻して地面に落ちた。それを押しとどめようとしていた青年がそっと拾い上げて、撫でる。さっきまで木々を薙ぎ倒していた獣も、小さくなれば本当に犬のような見た目でしか無く、撫でられている白い毛がふわふわと揺れていた。
傷だらけの青年は、恐らく傷を作った原因であるはずのその魔物を、優しい目で見下ろす。
黒の髪に黒の目は皇国では珍しい色合わせであり、彼女はクリアの腕の中に収まったままでじっとその人を見ていた。
「助かった。礼を言う」
彼は、クリアが魔術士である事を直ぐに理解したのだろう、頭を下げた。
それに対してクリアは苦笑しながら頭を振る。
「いや、礼なら彼女に。僕のご主人様は殺生が嫌いでね。彼女がいなければ僕はそれを危険なモノとして殺していたよ」
「そうか」
黒い目が、彼女をじっと見る。
彼女も負けずにその目を見返した。
しばらくの沈黙。
「あの~」
沈黙に耐えかねたのはクリアだった。普段から彼はよく喋った。
「僕の可愛いサフに思わず見蕩れちゃうのはまぁ仕方ないけれどね、でも変な事考えたらお兄さん許しませんから。金の称号を元にアンタ成敗するから」
色付きの魔術士には色々な権限が存在するが私的な感情で他者を害して良い権限は殆ど存在しないらしい。けれど一般的には色付きの魔術士の権限など知られていないから、そんな発言でも城の者達や王族に対して、そして魔術士にすら充分に効果はあるらしくて。
クリアの場合は冗談的な意味合いで使う事も多かった。
彼の言葉に、黒髪の青年は小さく目を見張る。
「という事は、お前は金の魔術士のクリアで、その子はあの宝石姫ということ、か?」
「城下ではそう呼ばれてるらしいね。サファイア様だよ」
王族を抱きかかえるという、臣下としては考えられないような状態のままながら、クリアは堂々と胸を張り彼女の名前を告げる。
そして黒髪の男は、流麗な動きでするりと膝を折って頭を下げてみせた。
その洗練された動きは実際の王宮付き騎士に勝ると劣らないもので、今度はクリアの方が小さく目を見張る。
「感謝致します。サファイア王女」
深い森の奥でのそれが、後に金の魔術士クリアと並んで宝石姫を守る双璧と呼ばれるようになる戦士イガルドとの出会いだった。
イガルドは、クリアより歳一つ上でしかない、こちらもまだ若い戦士だった。
出会った時に押しとどめていたのは彼が遠い地で拾い育てていた魔物の子で、その白の毛並みから『シロ』という捻りも何も無い名前をつけられていた。魔物であるが基本的には温厚で忠信であるシロだったが、時折狂気にあたると暴走状態になるらしい。
それでも、しばらくすれば元に戻る為、イガルドは危険も承知でシロを連れ歩いていた。
元は皇国よりも遥か遠くにある帝国と呼ばれる場所で軍団長として名を馳せたらしいが、シロを拾ってその命を奪えなかった彼は、連れて国を出奔したのだと語った。
魔物は、人と共存を未だ果たせない、動物とは異なる存在。
魔術士であればまだ、魔術と関わり深い世界の生き物である魔物に対する偏見は薄いが、一般人となればそうもいかない。それを正しく理解しているイガルドは、何処かに定住する事も無く各地を転々とする生活を送っていた。
イガルドを留めたのは、彼女自身だった。
「ここにいて。シロも、イガルドも、一緒に、いよう?」
しばらく滞在したイガルドとシロに、そう提案した。
三人と一匹で、外に出かけていた時だった。城の近くの平原で、どこか遠くを見ていたイガルドを見た瞬間に彼女はそう言っていた。寝転がっていたシロの腹を枕にして、彼女はイガルドを見上げて。隣ではクリアが腰を下ろしていて、イガルドだけが立っていた。
ほんの一週間程であったけれどシロは彼女によく懐いていた。最初は神経質に気にしていたクリアも、ある日を境にシロを気にしなくなったし、それを理解したのかシロはクリアにも懐いている。
提案されたイガルドは、困った顔をした。
「俺たちがいると、サフに迷惑が」
「かからないもん。いないと、クリアだけが大変だもん。イガルドもいる方が、迷惑じゃないもん。シロがいるともっと迷惑じゃないもん。私は、周りに危ない事が多いから」
きっぱりと、彼女は宣言した。
本当はもっと言いたい事があったのだ。
一緒にいると楽しいから別れがくるのが嫌だったし、寂しいからずっと一緒にいてくれると嬉しいと思うから、引き止めたかった。けれど、そんな言葉を言っても只の子どもの我が儘として、彼はきっとまた旅に出てしまうだろうと彼女は直感で理解していたのだ。
そうして、彼らの旅はそのままでは安住の地など見つからない事も。
魔物は、それ程に強い。そして人とは異なる存在。
皇国で、イガルドとシロが滞在を許されているのは、魔物よりも遥かに強い存在である色の魔術士の傍であるからだ。そしてその条件が続く限り、少なくとも皇国から彼らが追い出される日は来ない。
幼いながらも、交渉の術は日々目の前で見ていたからこそ、この時己自身の安全を盾に、提案した。
子どもらしからぬ、そして身勝手な提案に、クリアもイガルドも一瞬絶句する。
「正式に、依頼します」
最後に彼女がそう言った瞬間、溜まりかねたようにクリアが笑った。
身体を捻っての、それこそ大爆笑と呼ぶに相応しい笑いで。
「確かにその通りだよね! サフは敵が多過ぎだから、イギーみたいな人がいれば大分僕も楽になるしぃ、シロも居ればかなり楽だしぃ」
ケラケラと笑う彼は酷く楽し気で。
この日から、イガルドは彼女付きの騎士となった。