装飾の意味

文字数 2,248文字

 部屋にやってきていたアミルを見て、改めて感心する。
 言われなければ男には見えない。少なくとも戦士学校の男たちと全く違う。何が違うんだろうなぁとまじまじとその姿を観察していたら、自分で持ってきていたらしい魔術書から顔を上げたアミルと目があった。
「どうした? なんかついてるか?」
「んー……あ!」
 真正面からじぃっと顔を見てやっと気づく。
 髪も、顔も、きちんと手が入れられていること。特に顔に関しては薄く化粧までされている。細部までちゃんと他人に見られることを意識した状態だ。彼女自身は何年も戦士学校で暮らした手前そういうものから遠ざかっているけれど、幼い頃の知識として化粧などの必要性は持っている。
 特に王族においては男女問わず、身なりを整える上で化粧は必須だった。
 まだ幼かった彼女ですら、顔はともかく髪は毎日綺麗に整え手入れされていたものだ。それが簡単な行為でない事くらい、よく知っている。
「お化粧してる」
 単なる事実として言ったら、さっと顔を赤らめ困った顔をしたアミルが目をそらした。
「仕方ないだろ。こっちは女子校なんだから。何もしねーで混ざっても違和感ないほどじゃねーんだし」
「それは確かにそうなんだけど」
 言い訳のように言う少年だが、サフとしては別に責めたかった訳ではない。むしろ妙に感心しているのだ。
「上手だね。それにすごい手間かけてる」
 派手派手しく不自然にならない程度に、けれど性別の違いを覆い隠せる程度に施された化粧。その効果をより強めることを意識した髪や服装。適当なんかでは絶対に表現しようがない、よく考察され尽くしたのがわかる見た目は、初めて出会ってからずっと相手の性別に気づけなかったのは迂闊さのせいだけではないのがわかる。
 目的をもって作っている見た目。
 アミルの場合は周囲に性別がバレないように、という一点なのはわかるが、その完成度は改めて見ると酷く驚く。そしてそれを維持するのに相当手間がかかっているんだろうなと思う。
「そりゃな。でも、女子は大体こんなもんだろ」
 しきりに感心する彼女に、ちょっと落ち着いたらしいアミルは冷静に答えてくれる。
 女子は、と一括りに言えるのは今現在彼が女子校で暮らしているからだろう。同じ年頃の女子の中で暮らしたことがほぼないサフにとっては、初めて知る同年代のことだ。何となく男女でそこまで違いはないと思っていたので、ちょっと不思議な気がしてしまう。
 少なくとも戦士学校で普段から見た目を気にして整えている男子は超少数派だ。
「そうなの?」
「少なくとも、あの魔女校にいる女子の半数以上はこの程度やってるぞ」
「ええ〜……大変だなぁ」
 それが普通という顔で教えられ、素直に感心していたらアミルが呆れた顔を向けてきた。
「そう言うお前も女子の筈なんだけどな」
「だって別に僕、そういうのする理由ないし」
 見せる相手もいないよ、と苦笑いすると少年がもっと呆れた顔になる。
 ぱたっと魔術書を閉じて、改めて彼女に向き直ってから、かなり真面目な口調で言う。
「あのな。俺が言うのも変かもだけど、そういうんじゃないぞ」
「え?」
「誰かに見せるために化粧だのしてんじゃねーんだよ。んなこと言ったら、女子校だって着飾ったとこで見せる男子いないだろが」
「あ、確かに」
 こちらに男子しかいないように、アミルの方には女子しかいない。
 本来誰かを意識してそういうことはするものだと思っていた彼女は首を傾げた。じゃあなんで、と考えても理由がわからない。性別を隠しているアミルはともかく、他の女子たちはどうしてやっているのだろうと思う。
 周りの、何の意識もしていない相手に対し、手間暇をかけて自分を整えて見せる意味、がよくわからない。
「俺が一概に言うべきじゃねーかもなんだが、殆どの女子は自分のために自分を飾って手入れしてて、友人だの男だのの目線なんか気にしてねーよ」
「自分のため?」
「少しでも整った自分自身でいる方が、自分に自信が持てて堂々と胸を張ってられるからって言うべきか。もちろんそりゃ個々人の価値観によるから、そうじゃないのもいるんだけどな」
 女子にはそういうのが多いんだよ、と言われて、なるほどと思う。
 男子校で普段から身なりを気にしてる一部の男子もそれに近いかもしれない。見た目の乱れは心の乱れ、みたいな言葉もあったなぁと思い出す。
「後、こっちの方が理由として大きいんだが」
「うん?」
「男に比べて、女の肌は元々弱いから毎日の手入れが大事なんだよ。同じようにって訳にはいかねーの。最悪、皮膚病になるしな」
「へぇー」
 感心して声を上げた所で、少年から伸びてきた手が頬に触れて吃驚する。
 軽く触れるだけの指先が頬の上をなぞって、とっさに声も出ずにされるがままになっていたら、アミルが深々とため息を吐いた。
「だからな。今は無理でも、お前も手入れの仕方くらいは覚えた方がいいんだよ」
 着飾れ、化粧しろと言われたらまだ拒絶の言葉も出たかもしれない。
 けれど真面目に心配されてそう言われたら、嫌だとも言えない。
 化粧はともかく、そういう手入れだかは覚えなければならないらしいとは理解したが、何となくまだ実感はわかないという本音はどうにか飲み込んだ。そういうことをする自分が想像つかない。
「そういうの、どこで覚えるの?」
「まーそれは色々だけど、お前には俺がいるからとりあえず大丈夫だろ」
 一転して苦笑混じりに答えてくれた少年に、いいのかなぁと思いながら彼女はとりあえず頷いておいた。
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