女子魔術学校のアミル 4

文字数 1,700文字

 サフという名の、この美少女と見紛う容姿を持った少年は、しかし噂が本当であれば戦士学校でアミルと同様に万年一位を守り続けている筈である。少なくとも不健康な様子は一切無いし、精神的におかしい様子も全く無い。
(俺が、いるからだよな?)
 その理由は間違いなく、隣接する魔術学校にアミルが存在しているからだろう。
 疑いようもない。
 これでも『色付き』である。正確に量った事など一度も無いが魔力場は相当広い筈で、これまで読んだ魔術書で得た知識などから推測するなら少なくとも隣の戦士学校程度は間違いなく覆っているだろう。そこまで考えてアミルはあまり考えたく無い予測にまで至ってしまった。
 自分が、5年も、女子魔術学校などという場所に、性別と成長を偽ってまで拘束され続けていた理由。
「あの、アミル?」
 困った顔で問いかけてくるサフは、間違いなく自分が『虚ろ』である事など知らないのだろう。でなければ魔術士と素手で握手しようなどという愚行は犯さないはずだ。どんな魔術士でも、たとえ知識が無くとも、身の内にエーテルの無い『虚ろ』に触れて異変に気づかないなど有り得ない。
 さすがにその周囲を取り巻く高濃度のエーテルはかなり気にしなければ分からないし、普通魔術士は人を見る時にそんな部分は見ないから、直接触れさえしなければ気づかないのだ。アミルが握手をするまで気づかなかったように。
 彼は、『虚ろ』は魔術士の争乱の元。
 もしも「次元の狭間の主」が何らかの方法で誰よりも早くサフの存在に気づいていたのだとすれば、現在のアミルの状況の全てが説明出来る。無理矢理女子魔術学校に入れられた『色付き』の近くに『虚ろ』がいるなど偶然では無い筈。
 この『虚ろ』の少年一人の為だけに、アミルは今ここにいるのだ。
 人ひとりの人生である。アミルも目の前の少年が精神崩壊を起こして早死にしてしまう事など望む訳ではないし、争乱の中に置かれる事が似合うとも思わない。けれど自分自身の置かれ続けた状況を思えば、非常に複雑な気持ちになってしまうのも確かだ。
 じっとサフを見るアミルの表情をどう見たのか、サフは少し悲しそうな顔になった。払われた手を握り締めて、それでも笑おうとしながら言ってくる。
「ごめん、あの、嫌われてるなら、僕他の人に頼んで代わってもらうから」
「違っ! 違うから、ゴメン。ちょっとビックリしただけだから、大丈夫」
(冗談じゃねーぞ。他のヤツと組んだらお前すぐ気づかれんじゃねーか!)
 この迂闊さじゃ他の相手ともきっと握手するのだろうし。
 慌ててパタパタ手を振って否定して、アミルは自分からサフの手を握り締めた。感じるのはやはり『虚ろ』としての感覚。そして戦士としてはあまりに細く小さい手。
 問題は『虚ろ』と気づかれるというだけではない。
 アミルも『虚ろ』がどういう経緯で精神崩壊を起こすかなどは知らないが、この長期の課題では、それぞれの生徒がかなり遠くまで散り散りになる。アミル達も、魔術草の回収でかなり奥地まで行く事になっている。そうなればサフはアミルと組んでいない限り、間違いなくアミルの持つ魔力場から離れる事になるだろう。その時、サフの今目の前の健全な状態が何処まで保たれるのか。分からないのに放り出せば、幾ら何でも目覚めが悪い。
「いいの?」
「いい! むしろサフで良かった!」
(むさい野郎と組まされるよりゃマシだと思えばいいよな?)
 不安そうに見てくるサフを前に、アミルはぶんぶんと握った手を上下にふりながら笑った。そうとでも思わなければやってられない。実際、長く一緒にいるなら男臭い男より美少女のような男の方がいいし。
 アミル自身は『色付き』であるということもあるのだろうが、態々『虚ろ』の力を利用しようなどという気は起きないし、この先もまず発生しないだろう。ついでに、いくら見た目が優れてるからといって妙な気を起こす事も無い。だから恐らく今回の課題の中でサフが最も安全に組める相手は自分である自信がある。
 全く人がいいと自画自賛でもしなければやってられないが、アミルはとりあえず今回の課題の中で目の前の少年に向き合う事にした。
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