世間知らずの少年 1

文字数 2,068文字

 アミルは自分の身長の半分以上はある杖を握り締めて、人ごみの中で苛立っていた。
 魔術士にとって杖は精神集中であったり魔術的な仕掛けをしたりという用途はあるが、魔術をよく理解しているのであれば、基本的に魔術を使用するという前提のみであれば不要である。それでもアミルが持っているのは単に、周囲に自分が魔術士であるという事を知らしめる為でしかない。
 魔術士である事を示しておけば、余計な問題が多少減る場合もある。
 だが今この時に限っては、手にした杖は重いしかさばるしで忌々しく感じていた。少なくとも人ごみの中で人を探す行為にとって杖は邪魔以外何物でもない。
 これもそれも同行者のせいで、アミルは苛々しながら周りに鋭く視線を巡らせて人の中から金の髪を見つけ出そうとしていた。この辺ではサフの柔らかな金の髪は非常に珍しいから、居れば見逃す筈が無い。但しそれは余計な問題も引き起こし易いという欠点も併せ持つから、見つけるのは早いに越した事は無い。
(まったくあいつは)
 ほんの少しだ。
 本当に少しの時間、店で買い物をしている間に迷子になるなど、一体どういう神経をしているのか。自分と同じ年齢の筈なのに。その辺のお子様だってそこまで酷くは無いだろうと思う。
 アミル自身、女子魔術学校に入るまではずっと家に引きこもっていた所があるから世情などには疎かったが、それでも学校入学以降は色々な意味で女性陣に揉まれ、一応の常識だのは身に付けているつもりである。そうでなければ女子の中で平和な生活は出来ない。
 だがアミルの同行者であり課題におけるパートナーである、男子戦士学校の万年不動の一位である美少年サフはそうではなかった。
 一緒に旅をし始めて早々から、アミルはサフの世間知らずさに頭を抱える事になる。
 なにせ、世間の物価の相場を知らないから買い物一つ任せられない。知らない人に声をかけられても、人が良いのか暢気に着いて行ってしまう。初日にどうにか覚えさせたのが「知らない人についていかない」という事だったのだから、相当である。
 どうやらサフは入学以降からこれまで戦士学校から一歩も出た事が無いらしい。それにしたって入学前には知りそうな常識なのだが、入学前も普通の環境には居なかったように思える。本人その辺は答えようとしないが、毎日アミルが頭を抱えている現実から、入学前の環境も甚だ疑問を感じる。いつか問いつめてやろうとアミルは思っているくらいだ。
(にしても、何処行きやがったんだアイツ)
 街中は人が溢れている。
 物も人も多く流通するこの街は常に活気に溢れていたが、同時に犯罪も多々発生する。その中でも秘かに問題とされているのが人身売買であり、誘拐された見目の良い男女や子どもが裏で高値で売買されている事はアミルが事前に調べ、街に入る前からサフには注意している。間違っても傍を離れないように強く言い含めたし、つい一時間前にも言ったばかりだった。
 サフのような美少年、しかもこの辺では珍しい金髪碧眼など、『虚ろ』という以前に狙われ易いに決まっている。容姿から考えればアミルも対象内かもしれないが、サフは別格だ。
 それなのにこの現状。アミルでなくとも泣きたくなる。
 周りを見ながら早足で歩いていたアミルの視界に、人ごみの中でも一際目立つ金糸がちらりと見えた。映かに薄暗い路地裏の中、何者かに囲まれているようだがサフの金髪はそんな中でも非常に目立つ。すぐさまそちらに走りながら、アミルは叫ぶ。
「サフ!」
 人をかき分け駆け寄るアミルの視界に、まるで重力を失ったかのように人が空を飛ぶのが見えた。
 正しくは、サフを囲んでいた男達の一人が軽々と投げ飛ばされたのだ。
 それが路地裏から大通りにまで放り出されるように転がってきたのを、更にアミルは蹴り飛ばして路地裏の中に真っ直ぐ向かう。その間にも、更に一人投げ飛ばされた。
 一緒に行動し始めてまだ一週間。サフが戦う姿をこの時アミルは初めて見たけれど、それは奇妙としか言い表せないものだった。サフに詰め寄る男が一人、また一人と軽々投げ飛ばされる。当のサフといえば涼しい顔で、特に激しい動きをしている訳でもない。それこそ普段の、おっとりとした動きと大差ない。それなのに詰め寄る男達は次々投げられ倒される。まるで喜劇でもみているかのような可笑しさすらあった。
 唱えようとした魔術も忘れて呆然とその様を見守ってしまったアミルの目の前で、サフが最後の一人を投げ飛ばす。
「あ、アミル」
 そうして広がった視界の中で、ようやくサフはアミルを確認したらしく、すたすたと寄ってきた。周囲に散乱する死屍累々とした者達を器用に避けながら。
 そこでようやくアミルは我に返り、目の前にまで来たサフの服の袖を掴む。
「とりあえず、ここから離れるよ」
 こんないかにもさっきまで暴れていましたと主張するかのような現場に長居してもいい事など一つもない。事態をよく分かっていないらしい少年に、忘れかけていた苛立ちを思い出しながらアミルは早足で彼を引っ張り歩き出した。
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