世間知らずの少年 4
文字数 2,181文字
「僕が賞金首に?」
「正確には、サフに似た女の子らしいんだけどね。何にせよ気をつけるに越した事はないわ」
翌朝の朝食時、昨日の夜の来襲者の話は伏せたままで、アミルはサフが狙われているかもしれないという話だけを説明した。少しでもこの世間知らずの少年が警戒心を身に付けてくれればそれに越した事はないと思っての事で、出来るだけ軽く話した。
食後の紅茶に口を付けながらサフの様子を伺ったアミルは、考え込んでいる様子に首を傾げる。
「どうしたの?」
「あ、ん、何でもない」
何でもないと言いながら、その様子は明らかに平常と異なっている。美味しそうに食後の果物を食べていた手が完全に止まっているから、相当だ。どうやら全く心当たりがない訳でもないその様子を訝しく思いながらも、この時はアミルも何も言わなかった。
こんな事で仲違いはしたく無かった。
課題はまだまだ続くのだ。早くともあと一ヶ月は続く。出来るだけ関係は良好な方が良いに決まっているし、アミル自身サフに『色付き』である事や、何より男である事など伝えてないし言うつもりもない。だから、それこそ命の危険でも発生しない限りは問いつめるつもりもなかった。
「サフ、手止まってる」
しばらく見守って、動く様子のないサフに声をかけると、サフは慌てて続きにかかろうとして、慌て過ぎたらしくぽとり、と落としてしまった。それを泣きそうな顔でサフが見る。
「あう」
「あーあ。ほら、拭いて」
アミルが差し出した布巾を受け取って、情けない顔でサフはテーブルを拭いた。
その様子は既にいつも通りに戻っていて、アミルは少しだけほっとした。
アミルとサフの課題となっているのは、「妖精の洞窟」と呼ばれる場所の奥地にしか生えない珍しい魔術草である。この洞窟は妖精と名が付いているものの、実際には多くの獣や魔物の居住地区となっており、普通に入って生き延びる事は非常に難しいとされる。
万年一位という記録を保持している二人の為か、課題の内容も例年稀に見る難しさだと、二学校の間ではもっぱらの評判になってたくらいである。それでも、『色付き』のアミルからすればこの課題は油断出来ない程度であり、難しいと言う程ではない。
サフの方も、学校を出て以降見慣れないものに対しての好奇心ばかりで、課題に対しての気負いや緊張は全く見られなかった。
だが、それは昨日までの話だったとアミルは思う。
その日から、サフは常に緊張しているように見えた。これまでのアミルの言いつけを良く守り始めた事は喜ばしい事であったけれど、それでも外に居る間常に周囲に気を張りつめて緊張している様子は、少々思い詰め過ぎのようにも見えてしまう。
「サフ、あのね」
「うん」
先に進む為に街から出る道を歩く中、話しかけたアミルへの返事も何処か上の空で、青の目は冷たい周囲への警戒を止めようとしない。これまでの幼い子どものような無邪気さを知っている分、アミルには余計にそれが気にかかってしまう。
「私もいるんだけど」
「え?」
「だから、サフには私が一緒に居るの。そんなに気を張られると、何だか私が役に立たないみたいじゃない」
例え、アミルが単なる女子魔術学校首位でしかないとしても、足手纏いに思われるのは不快である。
きれいな顔をした同い年の少年。確かに腕は立つのだろうが、魔術を使えるこちらも隣に立つ資格は充分にあるはずだ。
彼を見上げてそう言えば、サフは片手で顔を覆って空を見上げた。酷く困惑した様子で、しばらく言葉を探すかのように空に視線を彷徨わせて、言う。
「でも、僕の事でアミルに迷惑かける訳にはいかないよ」
固い声だった。
(突き放された、か?)
冷たさすら感じさせるその声で、アミルは拒絶に気づく。何時もならそれで引き下がったかもしれないが、何故かこの時、どうしても引き下がる事を認められなかった。酷く苛々するのだ。この少年に距離を置かれる事が。
(今更なんだよ、迷惑なんて)
恐らく、アミルが五年も女子学校に拘束された理由である存在。『虚ろ』である事を全く知らず、健康に育った少年。一緒に組んだ以降、その世間知らずさにより色々手間をかけさせられた。昨日など、睡眠時間が減っている。
迷惑などと言うのなら、全てが今更なのだ。
だからって感謝して欲しい訳ではない。
「アミルっ!?」
突然黙って手を握って来たアミルに、サフが驚いて名を呼ぶ。構わずにアミルは、自分よりも小さいかもしれないその手を握り締めた。
こんな事を自分からした事はない。
けれど、既に充分自分の人生を狂わせただろうこの存在を、その手を、相手が希望したからといって手放してやろうという気は無くなっていた。理由など思い付かない。ただ、相手から突き放される事が気に食わないだけかもしれないが、それでもアミルは決めた。
この、世間知らずで、変な所に気を遣う、しかも『虚ろ』である少年を守ってやるのだと。
「迷惑なんて今更言わない」
「でも、アミル」
「次言ったら殴るよ」
それでも尚何か言おうとするサフの手を強く引っ張り、歩く。
アミル自身、これだけ誰かに深入りしようと思うのは初めてで、戸惑っていたからそれ以上何も言われたく無かった。だから早足で引っ張って、その内言い返す事を諦めたらしいサフが大人しく付いてくるようになったのを感じてようやく、安堵した。
「正確には、サフに似た女の子らしいんだけどね。何にせよ気をつけるに越した事はないわ」
翌朝の朝食時、昨日の夜の来襲者の話は伏せたままで、アミルはサフが狙われているかもしれないという話だけを説明した。少しでもこの世間知らずの少年が警戒心を身に付けてくれればそれに越した事はないと思っての事で、出来るだけ軽く話した。
食後の紅茶に口を付けながらサフの様子を伺ったアミルは、考え込んでいる様子に首を傾げる。
「どうしたの?」
「あ、ん、何でもない」
何でもないと言いながら、その様子は明らかに平常と異なっている。美味しそうに食後の果物を食べていた手が完全に止まっているから、相当だ。どうやら全く心当たりがない訳でもないその様子を訝しく思いながらも、この時はアミルも何も言わなかった。
こんな事で仲違いはしたく無かった。
課題はまだまだ続くのだ。早くともあと一ヶ月は続く。出来るだけ関係は良好な方が良いに決まっているし、アミル自身サフに『色付き』である事や、何より男である事など伝えてないし言うつもりもない。だから、それこそ命の危険でも発生しない限りは問いつめるつもりもなかった。
「サフ、手止まってる」
しばらく見守って、動く様子のないサフに声をかけると、サフは慌てて続きにかかろうとして、慌て過ぎたらしくぽとり、と落としてしまった。それを泣きそうな顔でサフが見る。
「あう」
「あーあ。ほら、拭いて」
アミルが差し出した布巾を受け取って、情けない顔でサフはテーブルを拭いた。
その様子は既にいつも通りに戻っていて、アミルは少しだけほっとした。
アミルとサフの課題となっているのは、「妖精の洞窟」と呼ばれる場所の奥地にしか生えない珍しい魔術草である。この洞窟は妖精と名が付いているものの、実際には多くの獣や魔物の居住地区となっており、普通に入って生き延びる事は非常に難しいとされる。
万年一位という記録を保持している二人の為か、課題の内容も例年稀に見る難しさだと、二学校の間ではもっぱらの評判になってたくらいである。それでも、『色付き』のアミルからすればこの課題は油断出来ない程度であり、難しいと言う程ではない。
サフの方も、学校を出て以降見慣れないものに対しての好奇心ばかりで、課題に対しての気負いや緊張は全く見られなかった。
だが、それは昨日までの話だったとアミルは思う。
その日から、サフは常に緊張しているように見えた。これまでのアミルの言いつけを良く守り始めた事は喜ばしい事であったけれど、それでも外に居る間常に周囲に気を張りつめて緊張している様子は、少々思い詰め過ぎのようにも見えてしまう。
「サフ、あのね」
「うん」
先に進む為に街から出る道を歩く中、話しかけたアミルへの返事も何処か上の空で、青の目は冷たい周囲への警戒を止めようとしない。これまでの幼い子どものような無邪気さを知っている分、アミルには余計にそれが気にかかってしまう。
「私もいるんだけど」
「え?」
「だから、サフには私が一緒に居るの。そんなに気を張られると、何だか私が役に立たないみたいじゃない」
例え、アミルが単なる女子魔術学校首位でしかないとしても、足手纏いに思われるのは不快である。
きれいな顔をした同い年の少年。確かに腕は立つのだろうが、魔術を使えるこちらも隣に立つ資格は充分にあるはずだ。
彼を見上げてそう言えば、サフは片手で顔を覆って空を見上げた。酷く困惑した様子で、しばらく言葉を探すかのように空に視線を彷徨わせて、言う。
「でも、僕の事でアミルに迷惑かける訳にはいかないよ」
固い声だった。
(突き放された、か?)
冷たさすら感じさせるその声で、アミルは拒絶に気づく。何時もならそれで引き下がったかもしれないが、何故かこの時、どうしても引き下がる事を認められなかった。酷く苛々するのだ。この少年に距離を置かれる事が。
(今更なんだよ、迷惑なんて)
恐らく、アミルが五年も女子学校に拘束された理由である存在。『虚ろ』である事を全く知らず、健康に育った少年。一緒に組んだ以降、その世間知らずさにより色々手間をかけさせられた。昨日など、睡眠時間が減っている。
迷惑などと言うのなら、全てが今更なのだ。
だからって感謝して欲しい訳ではない。
「アミルっ!?」
突然黙って手を握って来たアミルに、サフが驚いて名を呼ぶ。構わずにアミルは、自分よりも小さいかもしれないその手を握り締めた。
こんな事を自分からした事はない。
けれど、既に充分自分の人生を狂わせただろうこの存在を、その手を、相手が希望したからといって手放してやろうという気は無くなっていた。理由など思い付かない。ただ、相手から突き放される事が気に食わないだけかもしれないが、それでもアミルは決めた。
この、世間知らずで、変な所に気を遣う、しかも『虚ろ』である少年を守ってやるのだと。
「迷惑なんて今更言わない」
「でも、アミル」
「次言ったら殴るよ」
それでも尚何か言おうとするサフの手を強く引っ張り、歩く。
アミル自身、これだけ誰かに深入りしようと思うのは初めてで、戸惑っていたからそれ以上何も言われたく無かった。だから早足で引っ張って、その内言い返す事を諦めたらしいサフが大人しく付いてくるようになったのを感じてようやく、安堵した。