なきものがたり(2018 精霊の日)

文字数 2,413文字

 互いに親と呼べるものはもういないに等しい。
 そんな自分たちを格別に不幸だと思ったりはしない。アミル自身は親は名前すら出てこないくらいに遠い存在だけれど代わりとなる存在はずっといたので、むしろ自分は幸運な方だったと思っている。伝え聞く元王女様の来歴も、確かに悲劇的な部分はあるが、代わりとなるものはいたと思われる。
 でなければここまで能天気な少女が生み出されると思えない。
 むしろ周囲の必要以上の保護が見え隠れする言動に、これ普通に親がいた方がよかったんじゃねーかと思うこともある。
 いや、彼女の場合片方はまだ存命しているのだが。
「僕の親?」
 雑談交じりに問いかければ、片親が一国の王である少女はきょとんとした。
 特に話題に対して嫌がっている気配はないから、そのまま視線で話を促すと、サフは唸りつつも教えてくれる。
「お父さんはまだ生きてるけど、正直行事とかでしか会った記憶がないから、あんまり身近じゃないっていうか話せるほど知らないんだよね。普通に会話するような機会ってほとんど無かったし」
 親が王様となるとそういうものなんだろうか?
 庶民である以前に親が最初からいないような状態のアミルにはイマイチ掴みかねる話だった。
「普通に廊下で遭遇、とかもねーの?」
「無い無い。だって同じ城でも住んでる場所全然違うもん。特に後宮って部外者が入れないようにしてるんだよ? 向こうから会いにこない限りは無理だよ」
 明るく笑って言う少女だが、それはつまり母親が亡くなった我が子の様子を一度も見にきていないのでは、という事実が見え隠れしている。しかし、アミルは指摘出来なかった。本人が気にしていない部分をあえて気づかせる必要などどこにもないだろう。
 これからやることを思えば、両者の関係性はもっと薄くなるのだし。
 下手に感傷を増やす必要もない、と切り替えて頷く。
「そんなもんか」
「そうそう」
「じゃあ、その、亡くなった母親の方って、覚えてるか?」
 方向を変えようと母親へ矛先を向ける。
 ただ母親が亡くなった時期も相当昔なので、覚えている可能性はあまり高くないと彼は最初から思っていたのだが。
「覚えてるよ〜。お母さん、すごい綺麗な人だったの! 死ぬときはそりゃ元気なかったけど、普段はすごい元気な人で〜」
「お、おう」
 まるで存命の誰かを振り返るかのごときはっきりとした喋り出しに、逆に驚かされる。およそ5歳ごろに無くした親の話をしているにしては、妙に鮮明な話をサフは続けた。
「侍従とか好きじゃなくて、殆どのことは自分でできるからって侍従置かずに自分でやっててね。僕ら担当の後宮の警備まで追い出しちゃうんだよ。さすがにそれは〜って言って来た人たちを『じゃあ誰でもいいから私に勝てた人だけ残してあげる』って言って、結局全員に勝って放り出しちゃうの」
 …………サフの片親は王で、サフは公式に認められた王女である。
 …………だからその母親は何番目かはともかく王妃、ということになる筈なのだが。
 一介の王妃の過去話にしては妙に……凄いというか、普通王妃になるような女性が出来ることのように思えない。
「つ、強いんだな」
「強いよ。すごい格好良いんだよ! 『可哀想だから素手で相手してあげるわ』って全員素手でぼっこぼこ!」
 アミルが調べた範囲だと、サフの母親は彼女の容姿をほぼ持った、つまり相当な美人の王妃だったらしいのだが。その度を超えた美貌あって王家に招かれたのではと言われるほどの美人だったらしいし、それは今のサフを見れば納得ができるのだが。
 そんな恐ろしく強かったなんて記述はどこにもなかった。
 が、娘が戦士学校首席なので、この発言も妙に説得力がある。
 むしろそこも含め親からの遺伝、なのか。
「戦士なのか……」
 しかも宮廷に仕えるような者達より強い、らしい。
 王族に対して本気になれない可能性を加味しても、全員を伸すというのは、普通に強い程度では無理だろう。サフが仮に王妃になってたらそんな感じなんだろうかと思いつつ呟いたアミルに、だが少女はふるっと頭を横に振った。
「違うよ。お母さん、魔術士だった筈だよ」
「は!?」
 思わず声を上げてしまったけど、瞬時にアミルは思考する。
(……いや待て、確かにそうでもないと説明がつかねー)
 サフが生まれてから数年、少なくともクリアが側に来るまでの間、虚ろとして元気に育っていたことの説明、である。
 王族として生まれ城の後宮で育ったから、城内の宮廷魔術士の誰かの魔力場による安定というのが今までの推定だったけれど、如何に王女であっても年中一切城から出ない生活だったとは思い辛い。何かの理由で、どこか遠くに出かけることもあった筈だが、サフの話の中で虚ろとして危険な精神状態になった過去は一度も出て来たことがない。
 安定した魔力場の提供元が母親本人だったなら、それが全部説明出来てしまう。
 幼い王女と母親の王妃、ならば、年中一緒に行動していたとしても違和感はないだろう。そうなると近しい警備を全員追い払ったという話も、また違う側面が見えてくる。
 王族の警備が全員魔術の素養がない兵士だとは考えづらい。むしろ魔術士も混在している方が自然である。
 だから、我が子の秘密がバレる可能性を持つ存在を、最大限追い払った、と。
 魔術士の過去話と考えた時に、ちょっと想像つかないような内容が最初に来たから思考が偏ってしまっただけで、彼女の母親が魔術士だったと推定するのは非常に自然な話だ。それも、宮廷内で我が子を育てられると判断できたくらいに強い魔力を持った……。
「……すごい母親だったんだな」
「そうだよ、お母さんは凄いんだよ」
 子どもがこうなのだから、親だってそれなり規格外だったのか、と。
 あれこれ考えつつ感想を述べたアミルは、にこにこと返事をしたサフがその後に「クリアもししょーってよく言ってたもん」と続けた部分は聞き逃してしまった。
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