第25話

文字数 1,897文字

 笑みを浮かべて尋ねてきた宗孝に、美鈴が代わりにヴィエダーと一言で答える。
「そうか。じゃあ、ヴィエダーちゃん。孫を頼むよ。この子は意外とおっちょこちょいなんだ」
 宗孝の言葉に美鈴はカッと顔を赤くしたが、言い返せず俯く。後ろで二人がくすくすと笑った。
「よし、いってらっしゃい。事故には、気をつけるんだよ」
 三人を玄関まで見送りに部屋を出る。
 長い廊下を歩きながら、薫の携帯電話がメッセージの着信を知らせた。
「父からです」
 内容を見て、薫は目を丸くする。
 彼女の父はこの地域では名の通った商社の取締り役である。常に多忙を極め、薫の学校行事ひとつろくに顔を出した事が無い父なのだが、尊敬していた。
 勤勉であり、誠実。家族の為に働く父。創業者である祖父から受け継いだ会社と社員を守るために常に誰よりも働いている。
 その父から『直近のご都合をお伺いして。おじい様のご都合に合わせるから、すぐにご挨拶にお伺いするとお伝えして』と返信があった。
 365日を秒刻みでスケジュールを組む父が、最優先で予定を合わせるといっている。
 たしかに昨晩思い出したように父に『美鈴のおじい様が、最近お会いしていないって寂しがっているみたい』とメッセージを送っていた。その時は精々、近々お伺いするか、程度だろうと思っていたのだが、まさかここまでさせる相手だったらしい。
「ご都合よろしい時に、ご挨拶にお伺いしたいと言っていますが……」
 わが目を疑う薫に、宗孝は苦笑を浮かべた。
「忙しいだろうに。いつでもおいでと伝えておくれ」
「はい」
 そういえば祖父が創業時に人手を借りたと言っていたのを思い出して、どうやら天沢の家は美鈴の祖父には足を向けられないほどの恩があるようだ。今度その事をちゃんと聞いておこうと思った。
 そうしているうちに長い廊下は終わり、広い玄関までついた。
 そこで玄関の戸がひとりでに開き、頭をさげながら大岡が入って来た。
「お、お嬢!? お出かけですかい?」
 丁度今来たところらしい大岡が驚き、美鈴の後ろに続く二人を見た。
「うん」
 美鈴が頷く。
「じゃあ、護衛が必要ですね! 遊太! 雅彦!」
 なにやら物騒な単語を並べながら、普段美鈴の送迎や車の運転を任せている若い衆を集めだした。
「どうかしたんですかい大兄?」
 即座に集まった、いかにも喧嘩、むしろ戦争にだって慣れていそうな屈強な若い衆に向かって、緊張して引き締まった顔で次々と指令を出していく大岡。
 それを美鈴は困りながら、ゆかと薫は青ざめながら事態を見つめるしかなかった。
「お嬢とお友達がお出かけだ。さっさと準備しろ! レベル4以上の交戦とハードエスケープができるように」
 そこで大岡の後頭部を宗孝が殴った。ただの老人が殴ったとは思えない、重たすぎる打撃音が広い玄関に響き、見上げるような大男である大岡の体が土間の床を滑って横開きの扉のレール縁にぶつかり止まった。
「遊びに行くだけッてんだろうが。誰が街ン中でハジけなんて言った!?」
 顔は柔和だが、明らかに気迫が違った。そこで二人は、ああなるほどとどこか納得がいった気がして、冷や汗を流す。もちろん顔を青ざめさせたのは二人だけではなく、そこに居た美鈴と当人以外は全員だった。
 顔面を汚しながらもすぐさま立ち上がった大岡は、腰を九十度に折った
「す、すみません。しかし、頭」
 しかし彼とてそう簡単には引き下がらない。
「お嬢がお出かけとなりゃ、最近物騒じゃございませんか。ましてやこんな可愛(かあ)いらしいお友達もご一緒じゃ、悪い虫の一匹や二匹……」
 そういう大岡は考えただけでもぞっとしたのだろう、震え上がった。それは若い衆も一緒だったらしく、連れて行ってくだせえと叫ぶ声が上がった。
「そりゃぁ、そうだがな……」
「それに昨日の今日じゃございやせんか、頭。お嬢に手出ししやがった下郎もいやがったじゃねぇですかい」
「見つけたらぜってぇ連れ帰って、落とし前ぇ、つけさせてやらねぇと」
 集まった若い衆が、あの遊太ですら顔を怒らせている。
 妙に納得した宗孝が顎をさすり、しかし譲らない。
「でもな、おめぇらみたいな石くれで作った土偶が周りにいたらよ、楽しめるもンも楽しめやしねえだろうが」
 その致命的な言葉を、さらりと言ってのけた。そこに居た大岡を含めた若い衆全員が胸に手を当てて呻くと、膝から崩れ落ちた。おそらく彼らは今日ほど自分の顔を呪ったことはないだろう。
「な、ならせめて。遊太、あれもってこい!」
「はい!」
 恐るべき速度で走って行き、戻ってきた遊太の手には皮紐に通された少し大きな鈴があった。それを大岡は受け取り、美鈴に見せる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み