第39話

文字数 1,578文字

 そうして先日美鈴が破壊した展望スペースまで来た。
「本当に、広いね……」
 薫が顔を引きつらせながら周囲を見渡す。
 盆地に広がる街全体を、ほぼ見渡せる位置にある美鈴の家。淵にあたる山の一角の中でも、一番高いためだ。
「そうなの?」
「そうだよ」
 小首を傾げた美鈴へ、間髪いれずゆかが言う。
「まずヴィエダー様から、アルマニア式の魔法の説明を頂きましょうか」
 葉月が言うと、きょろきょろしていたヴィエダーが軽く飛び上がる。少女将校のような紺色の服がふわりと浮いた。
「は、はい。それじゃ、僭越ながら……」
 ヴィエダーがぺこりと頭を下げると、頭に載っている帽子が落ちそうになって慌てて押さえた。そんな仕草にゆかは鼻の下を伸ばして、良いよぉ、と呟く。
「まず、魔法の原理から説明します」
 妙に他人行儀でぎこちないのは、おそらく説明することに慣れていないからだ。元居た世界では、説明するのは周りの大人で、ヴィエダーは単なるプロパカンダでしかなかった。
「魔法とは、人間の体内にある生命力から生成される魔力を燃料にします。油をまいて火をつけると燃えるのと同じように、魔法使いが何もない空間に魔力を流して世界を塗り変えるんです。それが魔法と呼ばれるものです」
 それを聞いて、美鈴は突然手のひらの上に小さなナイフを顕現させた。
「これ?」
 首をかしげて尋ねると、ヴィエダーはうんと頷いた。その顔が少し引きつっている。
「それは本当はものすごく難しい超高等技術なんだけどね。そしてここからが大事なことです」
 ヴィエダーは突然襟留めのスカーフを解いて、胸元をはだけさせた。ゆかが興奮して鼻息を荒くする。そしてまだ膨らむ兆しのない左胸の上、鎖骨の少し下のところを三人に見せた。手首で見えない部分を、ゆかは首を左右に振って覗こうとするが、薫に頭を叩かれて止めさせられた。
「みんなにもあるこの刻印が、これが意義名っていう魔法使いが持つ”力”の名前です」
 青い光を滲ませて浮かび上がった、見たことも無い言語で書かれたその文字。三人には自分のものは読めても、人のものは読めない。
「あ、これは魔法使いじゃないと見えないから、安心して!」
 そっと三人は自分の胸に触れたので、ヴィエダーが慌てて説明する。二人はほっと息を吐く。そして服を直しながら話を続けた。ゆかは残念そうだ。
「っと。その前に、名前のことを教えてないですね。
 名前とはその人をあらわす言葉です。逆を言えば、名前が沢山あれば、別にもうひとりの人間がいるのも同じといっていいです。でも、その名前の正体はやっぱり同じだから、複数人の生命力が同じヒトの中にあるのと同じ状態になります」
 うんとゆかが首を捻る。美鈴と薫はなんとなくだが納得したらしい。
「二つ名前があれば、力が倍になって、みっつなら三倍になります」
 困ったようにヴィエダーが言うと、ゆかは納得した。原理を説明するより、結果だけ言った方が良いのだろう。
「そして魔法使いは、最低三つの名前を自らに刻みます。本当の名前である真名。力の名前の意義名。本名の代わりの名前は字名っていいます。そして強ければヒトが勝手に付ける異名も生まれます。
 例えば、ミレイなら。胸にあるのが意義名で、カレック・ランド・ディボズィヒト・ツェゲッベンが字名になります。魔法使いの風習では、自己紹介するときは字名を名乗ります。ちなみに私の字名はビッテ・ヴィエダー・ディカーフト・オンヴィヒティング・ディーガで、仲間に開放の春風っていう異名をつけてもらいました」
 少し照れた笑いを浮かべる。それを聞いて小首をかしげた美鈴が口を開く。
「じゃあヴィエダーの本当の名前は?」
 美鈴が尋ねると、ヴィエダーは困ったような顔をしてから答えた。
「えっと、私は平民の出だから家の名前はないんだけど、一応シャルロットっていうのが、真名だよ」
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