第21話
文字数 1,562文字
その真摯な言葉に、二人も姿勢を正した。そして昨日よりもさらに強く彼女の頼みごとを聞き入れた。
「お友達なんていわず、こい」
真剣な顔に間違いはないのだが、とりあえず薫が頭を叩いて制した。
「たとえ、世界中から指を刺されても、私たちは美鈴の側に居ますから」
彼女を見ていると、手を差し出したくなる。理由が分かるのはもっと先のような気がしたのだ。だから、今はそれでいいと受け入れたのかもしれない。
顔を上げた葉月は、まるで自分がそう言われたかのように破顔していた。
「ありがとうございます」
目元を潤ませて、もう一度深々と頭を下げられ、二人は慌てた。まだ子供である。大人に頭を下げることはあっても、その逆はまだ経験したことがほとんどない。
何とか顔を上げた葉月は、目元を拭った。
「本当に、本当にありがとうございます」
何度も重ね重ねに礼を言われて、照れくさくなったゆかは笑いを漏らして、頭を掻いた。
そこで気が回ってきた葉月が、ぽんと手を叩いた。
「綿貫さま。蒸しタオルお使いになられますか?」
なんの前フリもなく尋ねられて、首をかしげると薫に髪の毛でしょと教えられた。あぁと納得して、まだ前衛芸術のような髪型だった事を思い出す。
「すみません、お願いします」
にこりと微笑んだ葉月は、ぺこりと頭を下げる。
「かしこまりました。それでは、少々お待ちください」
言い残して退室した。
音も立てずに引き戸が閉まると、二人はふっと肩を落とした。
「本当に、みんな美鈴が好きね」
かく言う薫も決してその場しのぎではなかったのだが、改めて実感したその事実に少し驚いているようだ。それとは逆にゆかはうれしそうに微笑んでいる。
「みんなみーちゃんが大好きなのだ。って、薫」
新たな新事実に気がついて、ゆかは驚愕した。そして、腰を落として戦闘体勢をとる。
「今日から、アタシら恋敵だ」
真剣な顔のゆかは、しゅしゅと右手で軽いジャブを打ち出す。
「私はノンケだから」
ぎりぎりの間合いでゆかの攻撃を避け、薫は頭を抑えてため息を吐く。
「え、みーちゃんはかわいいよ!?」
薫は何を言っているんだ? と言わんばかりの顔で、ゆかが首をかしげる。噛み合ってないからと薫はまたため息を吐く。
「失礼します」
ノックと葉月の声がして、ドアが開いた。手には湯気の出ているタオルが乗ったお盆がある。
「お待たせいたしました」
そういってそのひとつを手にとって、素早く左右の手の間で往き来させた。だいぶ熱そうだが、手馴れた様子で人肌より少しあったかい程度まで冷ます。
「綿貫さま。ちょっとじっとしていてもらえますか?」
言って葉月はゆかの背後に回りこみ、美容師の手つきで髪の毛を整えながらタオルを巻いていく。巻いたタオルから微かに花の甘い香りが漂ってくる。
「なんか、良い匂いしますね」
ゆかが尋ねると、またドアの横に移動した葉月が手を叩いた。
「ええ、蒸し器の水にローズオイルを垂らしているんです」
へえとあまり分かっていない様子のゆかが相槌をうった。その横で薫がわずかに目を瞠ってゆかの頭を見る。
「どしたの?」
たずねると、薫は別にといって、まだ顔を洗っている途中だった事を思い出して洗面台に向き直った。
それか二人は顔を洗い、歯を磨いて部屋に戻った。美鈴はまだ夢の中のようだ。布団を被って団子のように丸くなっている。
薫がその団子の隣に膝をついて、肩とおぼしき場所をゆすった。
「美鈴、朝よ。おきなさい」
反応はない。二三回繰り返すと、うんというくぐもった返事だけが返ってきたが、動く気配はない。
「これは、いつも遅刻するわけね」
くすくすと小さく笑うと、ゆかが布団をめくった。狐か猫か鼬なのかいまいちよく分からないぬいぐるみを抱いて、規則正しい浅い呼吸を繰り返している。
「か、かわいい……」
「お友達なんていわず、こい」
真剣な顔に間違いはないのだが、とりあえず薫が頭を叩いて制した。
「たとえ、世界中から指を刺されても、私たちは美鈴の側に居ますから」
彼女を見ていると、手を差し出したくなる。理由が分かるのはもっと先のような気がしたのだ。だから、今はそれでいいと受け入れたのかもしれない。
顔を上げた葉月は、まるで自分がそう言われたかのように破顔していた。
「ありがとうございます」
目元を潤ませて、もう一度深々と頭を下げられ、二人は慌てた。まだ子供である。大人に頭を下げることはあっても、その逆はまだ経験したことがほとんどない。
何とか顔を上げた葉月は、目元を拭った。
「本当に、本当にありがとうございます」
何度も重ね重ねに礼を言われて、照れくさくなったゆかは笑いを漏らして、頭を掻いた。
そこで気が回ってきた葉月が、ぽんと手を叩いた。
「綿貫さま。蒸しタオルお使いになられますか?」
なんの前フリもなく尋ねられて、首をかしげると薫に髪の毛でしょと教えられた。あぁと納得して、まだ前衛芸術のような髪型だった事を思い出す。
「すみません、お願いします」
にこりと微笑んだ葉月は、ぺこりと頭を下げる。
「かしこまりました。それでは、少々お待ちください」
言い残して退室した。
音も立てずに引き戸が閉まると、二人はふっと肩を落とした。
「本当に、みんな美鈴が好きね」
かく言う薫も決してその場しのぎではなかったのだが、改めて実感したその事実に少し驚いているようだ。それとは逆にゆかはうれしそうに微笑んでいる。
「みんなみーちゃんが大好きなのだ。って、薫」
新たな新事実に気がついて、ゆかは驚愕した。そして、腰を落として戦闘体勢をとる。
「今日から、アタシら恋敵だ」
真剣な顔のゆかは、しゅしゅと右手で軽いジャブを打ち出す。
「私はノンケだから」
ぎりぎりの間合いでゆかの攻撃を避け、薫は頭を抑えてため息を吐く。
「え、みーちゃんはかわいいよ!?」
薫は何を言っているんだ? と言わんばかりの顔で、ゆかが首をかしげる。噛み合ってないからと薫はまたため息を吐く。
「失礼します」
ノックと葉月の声がして、ドアが開いた。手には湯気の出ているタオルが乗ったお盆がある。
「お待たせいたしました」
そういってそのひとつを手にとって、素早く左右の手の間で往き来させた。だいぶ熱そうだが、手馴れた様子で人肌より少しあったかい程度まで冷ます。
「綿貫さま。ちょっとじっとしていてもらえますか?」
言って葉月はゆかの背後に回りこみ、美容師の手つきで髪の毛を整えながらタオルを巻いていく。巻いたタオルから微かに花の甘い香りが漂ってくる。
「なんか、良い匂いしますね」
ゆかが尋ねると、またドアの横に移動した葉月が手を叩いた。
「ええ、蒸し器の水にローズオイルを垂らしているんです」
へえとあまり分かっていない様子のゆかが相槌をうった。その横で薫がわずかに目を瞠ってゆかの頭を見る。
「どしたの?」
たずねると、薫は別にといって、まだ顔を洗っている途中だった事を思い出して洗面台に向き直った。
それか二人は顔を洗い、歯を磨いて部屋に戻った。美鈴はまだ夢の中のようだ。布団を被って団子のように丸くなっている。
薫がその団子の隣に膝をついて、肩とおぼしき場所をゆすった。
「美鈴、朝よ。おきなさい」
反応はない。二三回繰り返すと、うんというくぐもった返事だけが返ってきたが、動く気配はない。
「これは、いつも遅刻するわけね」
くすくすと小さく笑うと、ゆかが布団をめくった。狐か猫か鼬なのかいまいちよく分からないぬいぐるみを抱いて、規則正しい浅い呼吸を繰り返している。
「か、かわいい……」