第23話

文字数 1,221文字

 寝巻きから着替えてから朝食を食べ、薫はなぜか書類の詰まった手提げを持って宗孝の部屋に向かってしまった。得難い経験を仰ぎたいらしい。
 部屋に残ったふたりは、他愛のない雑談をしていた。といってもしゃべるのはゆかが殆どで、美鈴はこくんと頷いて相槌を打っていることが多かった。
「そういえばみーちゃん」
 ゆかが改まったので、美鈴はすこしだけ驚いたような顔で首をかしげる。そしてすっと今朝からずっと美鈴が胸に抱いている、よく分からない小動物のぬいぐるみを指差した。
「そのぬいぐるみ、もってたっけ?」
「えっ!?」
 ゆかに尋ねられた瞬間、びくっと両肩を跳ねさせて、尋ねたゆかが逆に驚くほどのリアクションを見せた。そして落ち着きなく左右に視線を彷徨わせ、しどろもどろながらに何かを説明しようとする。
「あ、あのね。その、なんていうか……」
 かわいい、と内心でつぶやくも、その不自然さに疑問を抱く。何もそこまで慌てる必要があるだろうか?
「みーちゃん、隠してる?」
 ずいと身を乗り出してみると、美鈴は困ったように顔を逸らし、ぬいぐるみをぎゅっと強く抱きしめる。
 元より直感に頼る性分であるゆかは、感覚のままさらに詰め寄り追及する。
 すると美鈴は両目をじわりと潤ませて、肩を震わせてしまう。そこでしまったと思い、慌てて身を引いた。
 まだ少し脅えた美鈴は落ち着きを完全になくしていて、そわそわと身を何度も正したり、視線を落として腕の中のぬいぐるみを見たりを繰り返している。
 とことん勉強以外は不器用なんだなぁとゆかは改めて感心する。それと同時にどうしようもないほどの保護欲が掻き立てられ、抱きしめたくて仕方なくなる。
「何をしてるの?」
 突然振って沸いた怪訝な声に、美鈴だけではなくゆかまで飛び上がりかけた。見上げると、入り口の脇に薫が腰に手を当てて立っている。
「いや、ほら、みーちゃんが抱っこしてるぬいぐるみ、昨日までなかった気がしたからさ」
 ゆかがそういって指差すと、薫はそのぬいぐるみをじっと見つめた。美鈴はさりげなく腕でそのぬいぐるみを隠すように腕を動かす。
 怪しい。それを実感した二人は美鈴を挟み込むように座り込んだ。
「みーちゃん。少し、お話しようか」
 ゆかがゆっくりと語ると、不安をにじませた美鈴はこくんと頷く。
 それから沈黙が一瞬流れ、ゆかと薫がなにから話すべきかを考え、目でどちらが聞くかを示し合わせる。
「さっき、葉月さんに聞いたんだけどね」
 結局薫が話すことになったので、美鈴の目をまっすぐに見据えて語り始めた。
「夜、どこかに行ってんだって? 葉月さん、心配してたよ」
 その瞬間、美鈴は目を見開いて驚き、俯いて視線をはずす。ぬいぐるみを抱く手が細かく震えている。
「あ、アタシはね! 全部話せ、何て言わないけどさ、でももしも、みーちゃんがナンか悪いことに巻き込まれてないか心配だよ」
 ゆかがそっと美鈴の手を握る。見上げている美鈴は、今にも泣き出しそうだ。
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