第24話

文字数 1,763文字

 そこから先を訪ねればふたりは約束をたがえる気がして、何も言わず美鈴の手と肩を抱く。そして一気に美鈴の目から涙が溢れだす。
「ごめんなさいっ! 言えない、なにも言えない!」
 しゃくりあげる美鈴に、二人は慌ててしまう。
「じゃ、じゃあ美鈴。これだけは約束してね。絶対、危ないことはしないって」
 薫が打開案として言うが、美鈴は首を横に振る。
「なにも、約束できない。なにもいえない。ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
 泣きじゃくり謝り続ける美鈴を見た二人は切なくなり、彼女を抱きしめあやし続けた。
 そうして美鈴が泣き止ませて慰めていると、一時間ほど経っていた。
「ほら、もうそんな顔しないで、ね」
 若干赤くなった美鈴の目を薫が拭い、ゆかが髪を撫でる。顔を上げた美鈴は憔悴した目でふたりを交互に見て、腕の中のぬいぐるみを一度見てすぐに顔を上げた。
「みーちゃんに辛い思いさせるならさ、アタシ達も何もしないからさ。ウザかったら言ってよ」
 わずかに悲しそうなニュアンスのあるゆかの言葉に、またくしゃりとゆがめそうになる。慌てて薫がゆかの頭を叩いていさめ、またあやした。
「そうだ、みーちゃん」
 頭を叩かれて少し反省したらしいゆかが、なにかを思いついて美鈴の手を揺する。
 顔を上げた美鈴に満開の笑みを向けて、思い付きを話した。
「三人で、お出かけしようよ! この前駅前にできたとこいこう!」
 いまいち状況をつかめない顔で首をかしげた美鈴と、頷いて薫もその意見に賛同した。
「よし、じゃあ、デートだデート! みーちゃんとデートができるぞ!」
 異様なほど歓喜したゆかから美鈴を離して、薫は頭を撫でて顔を覗き込んだ。
「ぱっと遊んで、気晴らししよう」
 遊ぶという事を殆どしたことがない美鈴には、実感がなかったが頷いた。
 それから美鈴は外着に着替えて出かける用意をして、何かを思い立つ。
「おじいちゃんに出かけること言っておかないと」
「うん。まあ、出かける時でいいんじゃないかな? もうアタシらは準備できてるし」
 もとから着替えていた二人は、美鈴の着替えを待つ間に手提げに必要なものが入っているかを確認しておいた。もう準備は万端だ。
 そうして三人は一階に降り、宗孝の部屋へ向かう。彼の部屋はL字型をした母屋の一番端に位置する。
「おじいちゃん、入るよ?」
 一声かけてからふすまを開けると、美鈴はお構いなく入る。美鈴の部屋と同じように簡素で、何もない分元々広い部屋が余計に広く感じる。その部屋に遠慮しながら二人も遅れて入る。
「おや、おめかしして、どこかにお出かけかい?」
 柔和な笑みを浮かべた宗孝は何かの書類を見ていたようだが、美鈴が部屋に入ると同時に裏返して机に置いていた。
 宗孝が向き合う机の前にまず美鈴が座り、彼女を挟むように二人も座った。正座が苦手なゆかは無礼にならない程度に崩している。
「うん、二人とあそびに行くんだ」
 美鈴がうれしそうな笑みを浮かべて説明すると、そうかと宗孝は頷いて、着流しの袖から財布を取り出した。
「こんなかわいらしいお嬢さんたちが出かけるんだ、いくらか持たせてあげないとね」
 そういってすでに用意しておいたのか、ポチ袋を取り出して渡した。
「お昼はまだだろう? これで好きなものを食べてきなさい」
 少しばかり多い気がする薫は、恐る恐るとそれをぽんと渡した老人を見た。にこやかに微笑んでいる。
「ありがとう」
 一方で美鈴はお礼を言って、クマの形をした背負いカバンにしまい、立ち上がった。ゆかが座りながら彼女のスカートの裾を直した。それから二人も立ち上がり、薫は気を取り直すように服を直す。思わず落ち着きをなくしてしまい、自分を軽く恥じていた。
 立ち上がった美鈴たちを、宗孝は素敵なものを見る目で見た。
「うん、素敵だ。ところで美鈴」
 そこで宗孝はひとつたずねる。何と美鈴は小首をかしげる。
「その子も連れて行くのかい?」
 美鈴が胸に抱いたぬいぐるみを見た。一瞬彼の目が鋭くなった気がして、薫は驚いてもう一度宗孝を見返してしまう。そんなことが自分でも信じられないほど、やはり宗孝の顔は優しい皺が刻まれている。
「う、うん」
 頷く美鈴は、少しだけぎこちない。
 そうかと頷いた宗孝は、身をかがめてぬいぐるみの頭を一度撫でた。
「名前は、なんて言うんだい?」
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