第50話

文字数 2,985文字

 一瞬で見えなくなった、薫の戦いを、心配そうに見つめるシャルロット。
「大丈夫。薫は、絶対負けないから」
 ゆかが震える異世界の少女を抱きしめた。
「それより、到着」
 神の頭上に巨大な神殿があった。
 壮大で、絢爛豪華。この世のあらゆる贅を尽くしても、これほどのものは建造できないであろう。まさしく神の居城というに相応しい。
「みーちゃん。盾出して。突破する!」
「わかった!」
 ゆかの前に盾を並べて出現させたその時、神殿に突撃した。窓を叩き割り、神殿へと突っ込む。
 やはりというか、当然的に宮殿の中は絢爛豪華を極めていた。
 学校の校舎がそのまま入るほど巨大なその広間。壁は鏡と色ガラスの精緻すぎるコントラストに照らされ、床には一体どれだけの手間をかければ作れるのか貝や象牙あらゆる宝材でモザイクが描かれている。目につく全ての部位には栄華を讃えるように金銀の装飾がはめ込まれ、天井には太陽に勝るとも劣らない光り輝くシャンデリアが吊るされていた。
「無礼を通り過ぎて、驚嘆してしまいますね」
 そこにもう一人の”歴史”が佇んでいた。
 薔薇侯爵が額に手を当て、美鈴たちを見下していた。
 古代アルマニア式魔法の考案者にして、帝国三桂評議会の第二席。
 帝国の意思決定機関の重要人物が、広間の中央で侵入者を待ち構えていた。
「疾く、今すぐに、魂魄を我らが女皇帝に還すのなら、死ぬ事を許しましょう」
 秀麗な顔を侮蔑にひそめ、魔法陣を浮かび上がらせた。
「薔薇侯爵……」
 アッガレッシオンとの初戦で対面した存在が、今目の前にいた。
 真紅の薔薇の花弁を思わせる、豪奢な法衣をまとったその存在。
 万年の時を歩む、帝国の頭脳。帝国の支配力の基盤を作った存在。
「神に挑め。運命を飛び越えろ。あらゆる不条理に抗い、己の正義を掴み取れ」
 ゆかは誰に言うでもなくつぶやくと、首に下げていた小さなペンダントをちぎる。
「帝国だなんだって、アタシは知らない。それでもアンタらは許しておけない。アタシが戦う理由は、それで十二分にすぎる」
 十字のペンダントは、床に落ちて跳ねた。
 運命に悲嘆し、ただ祈るだけだった毎日。
 どうか、どうかと誰にも知られず祈っていだけの日々。
 それは、今日で終わる。
 神に祈りは届かない。
 神への祈りは、必要ない。
 願いがあるのなら、自分の手でつかみ取るほかない。
「行って。こいつはの相手は、アタシだけで十分」
「……絶対、”またね”」
 不安で押しつぶされそうな顔をした美鈴とシャルロットが歩き出した。
「無礼ですよ」
 それを当然見過ごすわけもない薔薇侯爵だったが、その間にゆかが立ちはだかる。
「テメェの相手は、アタシだ」
 発露した薔薇侯爵の懲罰の雷を、ゆかは手に持った突撃槍のひと凪で払う。
 ゆかは、男性に対し、深層的な嫌悪を持っていた。
 大好きだった母。環境によって辛辣に扱われていても気丈に振る舞う母を心の底から尊敬し愛していた。
 それでも己のためだけでないがしろにし、辛く当たる父。それを助長する祖父や親類。
 いつしか強かった母も心がやつれて、折れた。壊れてしまった母を見捨てた父。それを当然と言い張った祖父。そなん彼らを取り巻く男尊女卑の取り巻きたち。
 地位や権力を求める男性に対し、より強く嫌悪を抱くようになっていた。
「テメェはアタシの大嫌いな部類の人間みたいだし。容赦なくいくぞ」
「雑種の一匹。何を言うかと思えば」
 二人は走って行った。この部屋にはゆかと薔薇侯爵だけが残っている。全力を出しきっていいだろう。
 ゆかの能力は身体の強化。それに付随し、身体にかかる物理法則を遮断する。ゆえに初速ですでに最高速度という事象が現実化できる。
 ロケットブースターに火を灯し、加速。
 薔薇侯爵の胸に長大な突撃槍を突き立てる。
 あのアッガレッシオンですら吹き飛ばした一撃。手ごたえはあった。
「その攻撃を、私は許可しない」
 無効化されていた。
 わが目を疑い、ゆかはそれでも切り替えて二度三度、位置を変えて突撃する。
 しかしそのすべてが、”無効化”される。
「私は神聖アルマニア帝国、三柱評議会が第二席、ホレン・ズィヒ・レイヒツン・ウンド・マハト・ドルヒ・ミーア=薔薇侯爵。帝国の富と権力を司ります。我が権力をもって、貴女の攻撃を許可しません」
 攻撃が当たっているにもかかわらず、効果を発揮していない。
 四度目の突き。
「何度繰り返しても同じですよ。私は、許可しない。跪きなさい」
 五度目の突撃を敢行しようとした瞬間、切り離していた物理法則に帰って来た。
「ぐっ!」
 ゆかの身を守る為、ブースターは緊急停止。床に叩きつけられた体は滑走していき、薔薇侯爵の前で止まった。
「つぅう」
 呻くゆかの体は、飛翔のみを行える。止まる事を前提にしない構造であるため、顔面から墜落している。
 辛うじて甲冑のおかげである程度は防げたが、それでも無事ではない。
 何とか体を起こそうにも、ロケットブースターが邪魔で胸より上を動かすのでやっとだ。
 飛翔しようにも、魔法がなにも発現しない。この状態でブースターを起動すれば、飛び立つより先に体がミンチ肉になる。
 どうする。なんで魔法が使えない。
「ことの成り行きには、すべて因果があります。魔法ひとつとってもそうです」
「それが、どうした……!」
 陸上部で鍛えた体は、普段から腕立て伏せは100回以上は平気で行える。それが今はピクリとも動かせない。当然ながら下半身が重たすぎであり、無理に動かそうとすると腰骨が砕けそうになる。
「今この場では、因果関係がないので、私が許可を与えた魔法以外は発現しません」
 魔法に関して、ゆかは素人以下である。数日前に手に入れただけで、基礎知識も曖昧である。薔薇侯爵の高説を聞いたところで、理解が追い付かない。
「魔法で物理法則を捻じ曲げて、その機械で飛んでいるのは分かりました。今飛べば、自然法則で貴女は押しつぶされてしまうのうでしょう?」
 踵を鳴らし薔薇侯爵が一歩前へ踏み出してきた。
 秀麗なその横っ面を、思いっきり殴打してやりたいという気持ちがふつふつと湧き上がってくるが、魔法は一向に発動しない。そのせいでロケットブースターは安全装置が働いて起動しない。
 歯噛みしていると、哀愁すら漂う薔薇侯爵は笑みを浮かべたまま、右手に紫電を纏わせた。
「我らが偉大なる帝国に反する行い。貴女の魂の奪還で、許しましょう」
 まずい。
 本能で理解した瞬間。ゆかの体を衝撃が突き抜けた。
 頭の先からブースターで覆われたつま先まで。巨大な金槌で殴打されたような衝撃。
 脳髄を揺さぶられたような衝撃に、一瞬意識を手放し、遅れてやってきた激痛によって強制的に覚醒させられた。
 悲鳴を漏らす事すらできず、食いしばった歯の隙間から苦悶の吐息だけが漏れた。
「原理はこれほど簡単。剣も冷静になれば、なんら苦戦する事もなかったでしょうに」
 嘆息し、もう一度、懲罰の雷がゆかを打った。
「ぐっッ!」
 もし生身であればすでに一撃で脳を焼かれて即死していただろう。
 魔法の発現を禁じられているとはいえ、魔装具は世界との隔たりである。幾分かは魔法を減衰させる。
 即死こそ免れているが、抵抗もせずに何度も受ければ近いうちに必ず死ぬ。
 五度目の雷撃。遅れて来る激痛にも、ついに覚醒せずに、ゆかは意識を手放した。
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