第42話

文字数 1,731文字

 ゆかと薫が美鈴の家で過ごす三回目の夜。葉月によって猛烈な勢いで魔法戦闘を叩き込まれ、三人は疲れ果てて布団の上に倒れていた。
 当然風呂には入ったのだが、髪の毛を乾かす気力が生まれないほど疲れきっていた。
「おつかれさま」
 薫の枕元でちょこんと座ったシャルロットが申し訳なさそうにつぶやく。両手が仄かに輝き、少しでも薫の疲れが癒えるように生命力を活性化させる魔法を使っている。
「いーなー。薫はょぅじょの手当て受けられてー。いいなーいいなー」
 頬を膨らませて不平を漏らすゆか。それをちらりと横目で見た薫はそっとシャルロットの手を掴んだ。
「私はいいから、二人の手当ておねがい」
「で、でも……」
 毅然と振舞う薫は、それ以上シャルロットに発言を許さなかった。
 美鈴やゆかは、確かに前線で戦うスタッフであり、一見すれば一番疲れているように見える。その実、美鈴は顕現を使わなければ魔力の損耗はなく、ゆかは動かなければ魔力を消費しない。しかし薫は情報収集のために常に四十八個の機械の使い魔を稼動させ、それらが集めてきた情報を処理して二人に指示をだす。戦闘中は常時魔力を消費し続け、頭脳を使い続ける。よって疲労の度合いは二人に比べても酷いことがある。今日はまさにそうだった。実際強がっているが、指一本動かすのだって重労働に感じるほどに疲れていた。
 シャルロットが立ち上がろうとした時、ゆかはとなりで眠りに落ちようとしていた美鈴を抱き寄せた。
「いいもんねー。アタシは最高の幼女抱きしめて眠っちゃうもんねーっ」
 ゆかはふてくされるように言って美鈴に頬擦りする。もう殆ど眠っている美鈴はなんの抵抗もしない。
「ぐふふ。よいのぉ、よいやわっこさじゃぁ」
 卑猥な声を出しながら、ゆかはもそもそと抵抗しない美鈴の体をまさぐり続ける。それを横目で見た薫は重苦しいため息を吐いた。苦笑を浮かべたシャルロットは無言で薫の手当てを続行した。
 しばらく無言になり、部屋はゆかの荒い息と、寝にくそうに呻く美鈴の声だけになった。
「そ、そういえば……」
 顔を赤くしたシャルロットが、気まずさのあまりに声を上げた。
「どうかしたの?」
 軽く目を閉じてリラックスしていた薫が尋ねると、慌てて言いよどんだ。なにを聞こうかはまだ決めていなかったらしい。
「あ、その。な、名前。意義名の、由来を……、聞こうかと……、思いまして……」
 後半からは殆ど聞こえないほど声が小さくなっていった。
 目を開けた薫が、じっとシャルロットを見つめていた。目が落ち着き無く泳いでいた。
 本来、魔法使いは真名を隠して、字名や意義名を名乗る。それは真名はその人物の本質を見抜くものであると云われるためだ。それと同様に意義名の由来を尋ねるのもご法度とされている。いくら混乱していたとは云え、それを聞くのは間違いだった。それに気付いて本人もバツが悪そうに尻すぼみしていったのだ。
 しかしその風習を知らない薫は、一瞬無言になり、また目を閉じた。
「私は、簡単よ。強い敵、圧倒的に優位な敵を、徹底的に叩きつぶすのが好きなの。いくら居るのか知らないけれど、アルマニア帝国なんて大仰な輩を、私達だけで崩壊させられるなんて考えたら、ぞくぞくしてたまらないわ」
 ふふと怪しい笑みを浮かべた薫。まさにその瞬間の情景を脳裏に思い描いて、頬を染めてふるっと一度震えた。
 微塵も自分の敗北を疑っていない態度に、改めてシャルロットは愕然とした。帝国の軍勢は、生半可ではない。千数百の世界を武力で制圧してきたその軍勢を前に、薫は嗤っている。無知だからではない。なぜならその軍勢の長であるアッガレッシオンとすでに一戦交えているのだ。それでも薫は嗤う。どれほどの自信か、まったく怖気づかない。
「どれだけ略奪し、武力で攻め立てられようと、私はそれを砕き折って見せるわ。万といわず、私を殺したいのなら億万兆勢を尽くして、無尽蔵の兵站を持ってきてもらいたいわね。まあ、そんな程度じゃ、美鈴とゆかっという戦力を持った私を殺せないでしょうけれど」
 薫は余裕を漂わせた上品な笑みを浮かべ、薄目を開けた。
「だから、あなたは安心して私に従いなさい。従順に従っていれば、私達が帝国を滅ぼしてあげるわ」
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