第1話

文字数 800文字

 0時限目の数学の授業が始まった。このクラスの担任でもある男性教師の淡々とした授業だ。
「みーちゃん来ないね」
「いつもの事よ」
 綿貫ゆかと天沢薫が、まだ来ない友人の話をこっそりとする。
 黒板に新しい問題を書いていた教師が振り向く。
「綿貫。余所見をする余裕があるみたいだな」
 顔を外に向けていたのは、ひとりだけ。あっと固まって、ゆっくりと黒板に顔を向ける。隣の席の天沢薫は素知らぬ顔で、ノートの上でペンを踊らせている。ノートの端に間抜けと書かれているのを見て、このぉと恨み節を漏らす。
 ゆかはひとまず笑ってごまかそうかとも思った。だがこの教師はそれで誤魔化されて、失態を許す寛容な人ではない。
 さて困った。ゆかが冷や汗を流していると、かつんとチョークを置く音が鳴った。
 全員が改めて黒板に注目する。そこには今まで誰もいなかったはずだったのだ。
「遅れて来て、授業妨害か?」
 黒板の前には、黒い妖精のような少女が立っていた。
 黒板に書かれた問題は回答を書き加えられていた。すべて黒板の前に立つ彼女が書いたのだ。
「遅れて来たから、問題を解きました」
 現実味がないほどに整った顔をわずかに傾げた。長い髪が水のように揺れる。
 彼女は大きな猫目でじっと教師を見た。威嚇するようでもなく、媚びるわけでもない、ただ漠然と見ている。それだけ。
「早く席に着け……」
 それだけだからこそ、教師は一瞬動揺し視線を外した。咳払いをひとつして自分をごまかす。
 頷いて少女は席につく。
「おはよーう、みーちゃん! ありがとうねー!」
 コートを着たまま前の席に座た彼女、逆泉美鈴はぺこりとお辞儀をする。なぜお礼を言われたのか、わかっていないという顔だ。
 そんな仕草にゆかはだらしなく顔を緩ませて、彼女の髪の毛を撫でる。
「えへえへえへえへ。そんな顔もかわいいのぅ」
「綿貫。黙っていろ」
 教師の叱責が来て、今度はちゃんと黙って授業に参加する。
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